キャラクターメイキング

 2054年1月26日午後7時55分。


 俺は自室に設置した『ノア』に横たわり、ライブオンラインのプロトテスト開始に備える。


 ふぅ……もうちょっとか……緊張するな。


 新しい機械独特の心地よい匂いに包まれ、横たわること5分。


 ――!


 視界が完全にブラックアウトしたかと思うと、奇妙な浮遊感に包まれ、気付くとカプセルの中で横たわっているはずの俺の足が地面を捉えた。


 立っている……?


 ゆっくりと目を開けると、職員室にありそうな事務机と椅子だけが置いてある真っ白な不思議な部屋の中にいた。


 この空間がVR世界だと……。


 リアルだろ……これはもう完璧に現実世界リアルだろ……。


 俺はあまりの感動に思わず笑ってしまう。


「ID3795127――高橋たかはし蒼空そら様。当プロジェクトへのご参加ありがとうございます」


 ――!


 突然、聞き覚えのないIDと共に自分の名前を呼ばれ、俺は驚嘆する。


「誰だ?」

「おや? 驚かせてしまいましたか。申し訳ございません。私は当プロジェクトの責任者シンと申します。以後、お見知りおきを」


 いつの間に? 最初からいたのか……?


 この部屋に唯一ある椅子に座っていた人型の白いもやが立ち上がり、慇懃無礼にお辞儀をした。


 目の前にいる人型の白い靄は、運営――GMゲームマスターか? それとも高度なAIを有したNPCか?


「え、えっと……初めまして、高橋……高橋蒼空です」


 この空間はVR。そして、目の前に起きていることはゲームの一環。と、理解はしているが、あまりのリアリティさに、テンパって変な挨拶をしてしまった。


「あはは、初めまして。さて、このまま君と他愛もない会話を交わすのも楽しそうだけど、残念ながら時間は有限だ。話を進めてもいいかな?」


 人型の白い靄――シンは先程とは打って変わり、親しみのある砕けた口調で問いかけてきた。 


「あ、はい。お願いします」


 俺は多少の羞恥を感じながら頭を下げた。


「ははっ。ありがとう。今から、ほんの少し事務的なやり取りが続くけど、すべて大切なことだ。集中して頑張ろうね」


 俺はシンの言葉に無言で首肯する。


「それでは、まず始めに名前だね。今から君――高橋蒼空はこの世界で特別な力を授かり、新たな存在となって生まれ変わる。新たな存在となった君は今まで通り『高橋蒼空』と名乗ってもいいし、別の名前に一新してもいい。すべては君が決めることだ。さぁ、どうする?」


 シンは両手を広げ、問いかけてくる。


「アオイ。『アオイ』でお願いします」


 俺は予め決めていたハンドルネームを答える。


「アオイだね。うん、蒼空に負けない良い名前だ」

「ありがとう」


 照れるな……。親が名付けてくれた蒼空と言う名と、自分の名付けたアオイと言う名前の両方が褒められ、嬉しくなる。


 それにしても、アオイと言う名前があっさりと通ったのか。この世界ゲームでは名前被りはありなのだろうか? 競争率の高いハンドルネームというわけではないが、名前被り不可のオンラインゲームだと使えないことは多々あった。


「安心して。今のところ『アオイ』は一人だけかな。ちなみに、名前被りはありだよ。本人の意志は最大限に尊重したいからね」


 ――!


「あはは、驚いたかい? うーん、まぁアレだ。次世代の新技術ってやつだよ」


 どういうこと!? あの無料で貸与された端末って心の中が読めちゃうの? 怖っ!


「大丈夫、大丈夫。悪用はしないから。ここはバーンっと私を信じてよ、ね?」


 シンが浮かべた妖艶な笑みが目に焼き付き――


 ……信じてもいいかな。


「さ! 次に進もうか!」


 シンがパンっと両手を打ち鳴らすと、次なる設問へと移った。


「次は、見た目だね。今ある外見から大きく変化すると、君――アオイの世界での生活に支障がでるから、細かいカスタマイズは諦めてね。具体的には、性別を変えるのは無理だし、身長、体重を変えるのもオススメはしないかな。顔の作りはある程度変えれるけど……んー、分かりやすく言うと、プチ整形レベルかな?」


 プチ整形とか言われてもよく分からん。


「それじゃ、早速始めようか! 今から動画を流すから、その動画の世界の中で冒険する君自身をイメージして。その姿が君の外見になるよ」


 ――は?


 革新的すぎるキャラクタークリエイト方法に困惑するが、シンはそんな俺を一切気遣うことなく、動画を流し始める。


 流されたのは雄大な世界を舞台に冒険するリアリティ溢れる動画――散々見てきた【ライブオンライン】のPVの長尺版だった。


 冒険する自分をイメージしてと言われても、難しいな……。


 何となく、【ライブオンライン】を楽しんでいる自分を想像イメージすることにした。


「お疲れさま。これが『高橋蒼空』改めて『アオイ』となった君の姿だよ」


 シンが指をパチンと鳴らすと、突然目の前に姿見鏡が現れた。


「これが……俺……?」


 顔や身体を確かめるように触りながら、姿見鏡に映し出された自分を確認する。


 青寄りのエメラルドグリーン髪は短く纏められており、顔立ちは……毎朝洗面所で見る自分の顔をワイルドな方向に美化した感じだろうか。体躯は中肉中背で、本当の俺よりほんの少し筋肉質だ。


 ってか、この姿はアレだ。


 リアルの俺――『高橋蒼空』に、ゲームでよくクリエイトする『アオイ』を足した感じだ。


「んー、見る人が見れば俺(高橋蒼空)と気付くか?」


 俺は姿見鏡に映った自分をまじまじと覗き込む。


「現実の姿と乖離がありすぎると色々と障害があるからね。あ、作り直しは無理なので悪しからず」


 キャラクリのやり直し不可って……。 


 オンラインゲームにおいて、外見は非常に重要な要素だ。しかし、シンは悪気を一切感じさせることなく、あっさりと言う。


「さて、次に進もうか。次はお待ちかねの適性検査だ!」

「適性検査?」

祝福ギフトだよ! 適性検査をして君に贈る祝福ギフトを決めるのさ!」

「なるほど。で、どんな感じに検査をするんだ?」

「緊張する? 緊張するよねー。祝福ギフトはこれから先の君の人生を確実に左右するからね」


 人生を左右って……俺はネトゲ廃人確定かよ。


「ちなみに、祝福ギフトには色々なタイプがあるみたいだけど、選べるのか?」

「んー、残念だけど無理。流石の私でも1人1人の要望を聞いて調整するのは無理かな」

「残念」

「ごめんね。それじゃ、早速適性検査を始めるよ。と言っても、君は何もしなくていい。ただ、先程と同じく流れてくる動画を見ていてくれればいいよ」


 シンが指を鳴らすと、姿見鏡が消失し、先程PVを流していた巨大なスクリーンが現れたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る