雪影
からし
雪影
ギュッギュッと雪を踏みしめる音が静かな町に響く
深い冬の夜、外の景色は雪に覆われていた。
町を囲む山々はすっぽりと白いベールに包まれ、あたり一面が死んだように静まり返っている。雪はしんしんと降り続き、町の道路はすでに足元を埋め尽くし、車の通行も難しくなっていた。
藤田は、その雪の中を歩いていた。
長い一日の仕事を終え、家に帰る途中だ。
周りには誰もいない。
町の灯りは遠くにしか見えず、全てが雪の厚いカーペットに覆われ、音さえも吸い込まれているかのようだった。
ふと、藤田は足を止めた。
遠くから、誰かの足音が聞こえるような気がした。
雪の中で、あんなに静かな夜に、人が歩いている音が耳に届くはずがない。
だが、確かにそれは聞こえた。
その音は、藤田の歩調にぴったりと合わせていた。
最初は偶然だと思ったが、次第にその音が藤田の動きに合わせて、同じリズムで聞こえるようになった。
不安な気持ちが胸に広がった。
振り返っても、後ろには何も見当たらない。
だが、その音は、確実に背後から近づいてきている。
足元の雪を踏みしめる音と、どこからか聞こえるその音が、徐々に近づいてくる。
「誰かいるのか…?」
藤田は声を出してしまった。
その瞬間、足音はピタリと止んだ。
寒気が背筋を走り、藤田は息を呑んだ。
雪が降り積もる音以外、何も聞こえない。
振り返るべきか、否か。藤田はしばらくその場で立ち尽くし、心臓の鼓動が耳に響くのを感じた。
ふと気づくと、雪が降る中で、足元に異様なものが現れていた。
地面に、足跡が残っている。だが、その足跡は一方向にはっきりと続いているのではなく、何かが行ったり来たりしていた。まるで、誰かがその場でぐるぐると回っていたかのような足跡だった。
「なんだこれは…?」
藤田はその足跡を追いながら歩き始めた。足音が響くたびに、背後から追う者がいるような気がして、背筋に冷たいものが走る。ふと目を向けると、道の端に古びた家が立っているのが見えた。その家は無人のようで、窓はすべて閉ざされ、誰もいない様子だったが、何かがそこに引き寄せられるような気がして足を向けた。
家のドアを開けると、腐った木のきしむ音が耳に入った。中は薄暗く、冷え切っている。だが、藤田は何かに導かれるように、そのまま家の中へ進んだ。部屋の中に足を踏み入れた瞬間、嫌な臭いが鼻をついた。それは湿気と腐敗、そして何か別の生臭いものが混じったような臭いだった。そして、何かが動いた。
「誰か…いるのか?」
藤田は声を上げたが、返事はない。代わりに、奥の部屋からかすかな音が聞こえた。それはまるで、人の息遣いのようだった。
藤田は怖くて、足を踏み出すことができなかった。
だが、足元が一歩進んだその瞬間、背後から一層強く息遣いが聞こえた。
振り返ると、そこには誰もいない。
目の前に広がる空間には、ただ静寂が広がっていた。
しかし、藤田はその静寂の中で、背後に何かの存在を感じ取っていた。
部屋の奥にある小さな窓から見える雪の景色は、まるで別世界のようだった。
まるで時間が止まったかのように、雪が降りしきっているのが見える。
だが、その雪の中には、何か不自然なものが動いているように見えた。
雪の中に、誰かの影がある。
「雪の中に…?」
藤田はその影が何かに引き寄せられるように近づいていくのを見た。それはだんだんと大きくなり、雪が沈むようにその影が形を作り出していた。藤田は身動きが取れず、ただその場に立ち尽くした。
そして、その影が窓の前に立った時、藤田はその姿に気づいた。
それは人間の姿をしているようで、だが顔は全く見えなかった。
目がない。
鼻も口も、ただの白い、滑らかな面だった。
そしてその者は、無表情のまま、藤田を見つめていた。
恐怖に駆られた藤田は、ただその場から逃げ出すことしか考えられなかった。
家を飛び出し、雪の中を走り続ける。しかし、振り返ってもその影は追いかけてきているわけではない。だが、雪に覆われた道の上には、確実にその足音が響き続けていた。
その足音は、藤田の足音と完全に重なり合っていた。
藤田は気づいた。
もう、自分だけが歩いているわけではない。
あいつが、今、自分と同じ道を歩いているのだ。
そしてその夜、藤田は家に戻ることなく、町のどこかで消えた。
その後も、雪が降りしきるたびに、町の周囲で彼の足音が聞こえるという噂が立つようになった。
雪が降る夜、人は誰かに追われるように消えていく。
それは、永遠に続く冬の中で、誰かが踏み入れた道を辿る者の物語なのだ。
ギュッギュッ
雪影 からし @KARSHI
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