雪跡
湾野薄暗
足跡
住んでいるところは暖かい地域で、雪が年に1回降れば大騒ぎになるようなところだった。
小学生の時に雪が積もって大人のくるぶし丈ぐらいまで積もった年末に大掃除をしていたら玄関へ通じる道の積もった雪の上に一つ足跡が残っていた。
それは当時小学生の俺にはとても大きく、
年の離れた兄ちゃんぐらいあった。
兄ちゃんの足は大きくて俺の足なんてすっぽり埋まるぐらいの大きさだった。
そして、その足跡はどう見ても左足で裸足で一つしか無かった。
でもその時は兄ちゃんが帰ってきたと思ったのである。
兄ちゃんは都会が楽しいのか、
なかなか帰ってこないから嬉しかったのである。
母親に「兄ちゃんの足跡がある!」と言うと母親は微妙な顔をして「違う人の足跡じゃない?」と足跡を見ずに言った。
それから三年して中学生になった。
兄ちゃんは一度も帰ってこなかった。
中学一年生の二月、雪が積もり、朝からだりぃ…と準備して外に出ると玄関へ通じる道にも雪が積もっており、そこに大きな足跡があった。
前にもこんなことがあった気がする…とぼんやり足跡を眺めると昔より玄関の方へ近づいて来ている気がした。
自分より大きい裸足の左足。
そっと自分の靴を履いた足を重ねるとまだまだ大きくて、兄ちゃんってでけぇな…と思いつつ、学校へ行った。
そして何だかんだ高校二年生になってから知った。
兄ちゃんは失踪していたのである。
まぁ、葬式にも顔を出さないって…と思っていたので聞いた時は腑に落ちた。
その時はばぁちゃんのお通夜の前だったので兄ちゃんのことを詳しく聞く時間がなくて「まぁ、兄ちゃんも気が済んだら戻ってくるよ。ひょっこりとさ」と返事をした記憶がある。だって俺は足跡を見てるんだから。
ばぁちゃんが死んだのは脱衣所でだった。
おそらくヒートショックとかそういうやつだと思う。
「ばぁちゃん、脱衣所の暖房を無駄だからって頑なにつけなかったからなぁ…」とお通夜が終わってご飯を食べながら父親が言っていた。
外は雪が降りはじめた。
この気温なら久々に積もるのかもなぁ…と思った。
家で葬式だったため、寝ずの番は父親と俺がやることになった。
とは言っても父親は仕事帰りで途中でうとうとし始めたので俺が代わった。
俺が寝そうになると玄関から外に出て冷たい空気をめいいっぱい吸って目覚まし代わりにしていた。
午前三時頃にあまりにも眠くて外の冷たい空気を吸いに出た。
雪はすでにくるぶし丈まで積もっており、まだまだ積もるだろうと思いつつ、人生で一度もやったことない雪かきのことを考えた。
家の中に戻る時に玄関ドアの付近に目を落とすと雪が積もっているギリギリの位置に真新しい足跡が残っていた。
お通夜に来た誰か…と一瞬だけ思ったがどう見ても裸足の大きな足跡で…。
そこでようやく、雪の積もった日に見える足跡を兄のものだと認識してたんだ…?と思った。
どう考えても雪の日にだけ出てくる裸足の足跡はおかしいはずだ。
そして段々と玄関ドアへと近づいてきていて、
もう後、四歩ほど歩けば大きな足跡は玄関に辿り着くであろうことにも気づいた。
急に怖くなった俺は急いで寝ずの番に戻り、まんじりともせず、早朝に母親が起きてくる音を聞いてホッとしたが、その後の母親の「わ!水浸し!」で分かった。
おそらくだけど足跡は入ってきたんだ、と。
お葬式も滞りなく終わって平穏が訪れるかといったら、そうではなかった。
雪の日でもないのに水浸しの左足の足跡が家中に出るようになっていたのだ。
父親と俺は気味が悪いので引っ越したくてしょうがなかったが母親が必死に止めるのである。
「お兄ちゃんが帰ってきたのよ」と。
父親に詳しく聞くと大学進学で上京し、友人たちとのスキー旅行で行方不明になったらしかった。
脱げたのか分からないが左足のスキーブーツだけは見つかり保管していることも聞いた。
母親はスキーブーツを撫でながら「寒かったねえ…」と言ったり、水浸しの足跡を「お兄ちゃんはそこにいるんだから踏んじゃダメ!」などと急速におかしくなっていった。
俺が都内の大学進学で一人暮らしすると同時に父親と母親は離婚した。家は「お兄ちゃんを一人にするの!?」と怒って物を投げる母親に渡したらしい。
そして、そろそろ大学2年生になれるかな…という時に父親から電話が来た。
曰く、あの家の中で母親が死んだと。
警察と訪問看護の方が来た時には死んでいたのだが、
すべての暖房器具が消してあり死因が凍死だった。
どたばたしながら地元に帰り、葬式を済ませてから都内のアパートに戻った。
都内は雪が降った次の日で路面凍結に気をつけながら歩いて転ばずに玄関ドアを開けた時にはホッとした。
ほとんど靴も置けないような狭い玄関タイルの上にはぐじゅぐじゅに水分を含んだ左足の足跡がついていた。
雪跡 湾野薄暗 @hakuansan
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