第21話 アルトリウス
【アンブロシウスの庵】
「アンブロシウス、僕はスプリアを出るよ」
殺人犯である僕は、この街の誰とも顔を合わせることができない。逃亡するようだが、かと言って悪党にかわって裁かれるのも納得できない。
「ああ、それがいいじゃろう」
アンブロシウスはわかりきったかのようなことを聞いたかのようだった。それからいそいそと魔法道具や薬草が入った箱を整理し始めた。中身を確認してわけている。手伝えといわれたので、不要なものだからたき火にくべる役をおおせつかった。
「捨ててしまうの?」
「ああ、旅には多くのものをもってはいけぬ」
「え!?」
僕のおどろいた顔を見て、ぎょろっとしたあの丸い目を向けてきた。
「わしも行くぞ。もともとわしは旅の者じゃ」
アンブロシウスがいっしょなら、心強いどころではない。正直、街を出るところで、僕の運命はどんな結末になろうとも仕方がない、むしろ悲惨な末路だけが想像されて、それをようやく受け入れていたところだ。
「いい領主のいるこの場所だから落ち着いていただけじゃ。故郷はこの世界のどこにもないしな」
「ありがとう、アンブロシウス。うれしいよ」
「なに、お主には見せてやりたいと思ってな。この世界を、な。学校とやらでいろいろと教わったところで、経験に勝るものはない」
「うん」
「あと、4年。納得のいく生き方をするのじゃ」
「4年?」
「ああ。4年といわれておる。転生の剣を使った者の魂が滅ぶのはな。別人の体にはとどまっておれんらしい」
魂が滅ぶ!?
「あーっとな、つまりな、あと4年でおぬしは、死ぬ」
アンブロシウスは片付けをしながらなんでもないように言った。
(うそだ……)
もし、それが本当だと言うのなら、僕は、〈知ることができない〉はずだった、人生の結末を知ってしまったことになる。
※ ※ ※
旅に出る前日、フィアナが訪れた。
犬のコンスタンティヌスを引き渡すことになっていた。
二人は軒先で話している。僕は1階の部屋に隠れていたが、小窓からその様子をうかがっていた。小さく、ほんの小さいがフィアナの顔が見えた。僕はその顔をきっと忘れないように強く、強く刻みつけた。もう記憶の中でしかその姿を見ることができないのだから。
銀色の美しい髪、白い肌、紫の瞳、儚げなようでいて、誰にも負けない強い心。
異民族であり、異教徒であり、奴隷。
姉のような強さ、母のような包容力、そして、僕が守るはずだった妹……。
「なかなかなつかぬ犬じゃ。世話をかけるが、よろしく頼む」
「うん。大事にする」
「それと、この庵はできればこのままにしておいてくれぬか。同じ場所には止まらぬ主義じゃが、ここは気に入っておるでな。万が一にまた戻るやもしれん」
「絶対に帰ってきて」
わずかにそんなやりとりが聞こえた。
二人はコンスタンティヌスをつれてどこかに歩き出した。
ほんとうに、お別れだ。
僕はもっと考えなければいけない。
この命をどう使うか。
残されたのは4年。
16歳の僕は20歳で死ぬ。
〈人生はどれだけ長く生きるかではない、どう生きたかだ〉
学校での教え、領主様とルキウス様の声が重なる。
ルキウス様も病のため、長生きすることはないと思われている。みんながそう噂している。
自分自身が、それを感じて、それを信じたとして、どんな気持ちだろう。
いまの僕と同じ気持ちだろうか。
4年という年月でなにができるのだろう。
どう生きればいいのだろう。
※ ※ ※
翌日、多くの荷物を背負い、僕とアンブロシウスは旅に出た。人目につかないよう夜の出発だった。
通行証にして身分証でもある札をアンブロシウスは用意してくれた。偽造したものだという。
「なに、こんなものをつくるのはお茶の子さいさいじゃ」
お茶の子さいさいの意味はわからなかったが、たぶん、造作もないということだろう。
帝都発行の商人用のものだそうで、たいていの関所は通れるという。
「符そのものに魔術をかけておる。疑われることはいっさいない」
帝国の徽章と、身元保証の文言、そして名が書いてある。
「アルトリウス?」
名前は、そうなっていた。
「わしの友人の名じゃ。今日からはそう名乗るがいい」
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