第19話 死体

【ソロンの森】


 見張りを続けてから数日後、ついにある夜、フィアナが連れ出されるところを見てしまった。

 周囲に明かりがなく、少し遠かったが、漏れ聞こえる声で、プブリウスと片目の悪党、そしてフィアナの声と影が見える。

 僕は高まる鼓動に苦しくなりながら、あとをつける。

 相手は蝋燭を持っていたので、小さな光でかろうじて位置はわかる

 途中でフィアナの短い悲鳴のようなものが聞こえた。

 嫌な予感がするも距離をぐっと詰める。

 近づくとフィアナは男に担がれていた。気を失っているのか。

 音を立てないように気をつけるも足の震えがとまらない。

 ふたりはなにやら会話をはじめたので、小さな音で気づかれることはなさそうだ。

 会話の内容はまったく頭に入ってこない。

 これからどうする。どうすればいい。

 まったく考えがまとまらない。

 かなり奥まできた。もう蝶の谷に近い。

 ここは野犬が出て、被害にあった村人がいたので、夜は誰も近づかないように言われている。

 悪党たちの歩みが止まった。

「ここらにしようか」

 声がはっきりと聞こえた。

 フィアナが地面に降ろされた。

「弟のお気に入りだぜ。どんな顔するかな」

「やっちまったら殺して放置するんだろ。ここいら犬が出るからぐちゃぐちゃに食われちまうかもだぜ」

「まあ、そうだな。そうそう、俺たちも襲われたらたまったもんじやない。いま松明に火をつけるから待ってろ」

 プブリウスはろうそくの火を松明にうつした。

 松明に火がはいるといっきにあいつらの顔が見えた。

 そして、フィアナの姿も。

 短剣をぎゅっと握りしめる。

 鼓動が激しくなる。呼吸が苦しくなって喉から高い音が出た。

「なんだ、いまの音」

 プブリウスが松明をもってこちらに向いて、歩いてくる。

 明かりがこちらに届きそうだ。

 迷ってられない。


 〈人は長く生きるかではない、どう生きたかだ〉


 領主さまの声がよみがえる。

 足の震えが止まった。死んでもいいんだ。このために命があったんだ。

 この短剣を突き刺せば、フィアナを、町を救うことができる。


 僕はぜんぶの力を込めて駆け出す。

 相手がこちらに気づいた時には、もう刃が届く距離だった。

 一気に間合いを詰めてプブリウスの腹にまっすぐに短剣を突き刺した。

 途端、意識が遠のいた。



 ※  ※  ※



「おい、プブリウス、どうした? 大丈夫か?」

 意識が戻ると背後からあの悪党の声が聞こえる。


(まずい!)

 僕は短剣のありかを目で追う。


 松明が落ちている。そのそばにあった。

 すぐさま拾い上げると、悪党の体に突き刺した。


 とっさのことで、深くは刺さらなかった感触がある。


「な、んで……?」

 悪党が驚いたような顔を見せる。


 瞬間、僕も気を失った。



 ※  ※  ※



 また意識が戻る。目の前にはふたつの遺体があった。

 死んでいる、ように見えた。


 うまくいったのだろうか。たった一撃で。やはり魔法の剣なのかもしれない。

 僕は地面に落ちている短剣と松明を拾い上げた。


 気を失ってどれくらい時間がたったかわからない。


 (そうだ、フィアナ、フィアナは!)


 振り返るとフィアナはまだ寝そべっていた。

 ぼくはゆっくりと立ち上がり、フィアナに近づく。

 ともあれ、フィアナを連れて帰り、ルキウス様に事情を話そう。

 どんな処分であれ、受け入れる。


「僕は、やったんだ」

 悲しみはなく、達成感だけがあった。


 自分がこれほど誇らしいと思ったことはない。

 この世でもっとも大切な人を救った。


「僕はやったんだ」

 もう一度つぶやいた。


 すると、ちょうどフィアナが小さなうめき声をあげてぴくりと体を動かした。

 よかった。無事だ。よかった。

 涙があふれてくる。

 フィアナは意識が戻ったようだ。腕を使い、自分で体を起こす。

 そして、こちらに顔を向けた。

 ぼくは手を差し伸べる。


 すると、フィアナが絶叫する。

「いやあーーーーーーーーーー!!」

 その声に僕は腰が抜けそうなほどに驚き、思わず後ずさった。


「え、フィアナ?」

 声をかけるが、フィアナは後退りをする。恐ろしい目にあったのだ、混乱しているのかもしれなかった。

「フィアナ、落ち着いて、どうしたんだ!?」

 フィアナは周囲を見回して、立ち上がると、一気に駆け出そうとした。

 僕はその手をつかむ。


「いやい、いや、いやー!!!」

 フィアナは激しく抵抗する。あまりに強い抵抗に思わず手をはなす。

 フィアナは一瞬こちらを見たが、すぐさま駆け出した。


 そして、彼女はふたつの死体を見つけるともう一度悲鳴をあげた。

「ーーーーー!」

 声にもならない音をあげた。とてつもないパニック状態になりながら、フィアナは力を振り絞るようにまた坂をくだっていった。


 僕は呆然とその後ろ姿を見送ってしまった。サンダルを履いていない。足が痛むだろう。

 なぜか、そんな心配をしながら松明で道を照らす――。



 そこには、〈僕〉の死体があった。

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