皇帝暗殺

無銘影虎

【第一幕】 The Bard

第1話 プロローグ

 人生はあらかじめ定められている。

 だが、それを知ることはできない。




 ※  ※  ※

 

 帝国歴330年、皇帝カルスが死去した。

 帝都レムシアの南にある静養地に滞在し、その帰途であった。


 その時、皇帝は小休止で立ち寄った郊外の小屋にいた。建物には近衛騎士隊長のディオスと二人だったという。そこで突然の発作を起こし、人が呼ばれて集まった時には、すでに琴切れていた。

 目撃者は隊長のディオスただひとり。

 彼はまず自分の潔白を主張し、突然、苦しみ、咳き込み、膝をつき、倒れたと証言した。


 同行していた主治医が死亡を確認し、遺体を検分したが、傷ひとつなかった。毒死の所見も見当たらなかった。かねてよりの贅沢三昧、不摂生は誰もが知るところであり、病死であることに誰も驚くことはなかった。


 しかし、この死については、市井の多くの人々が「暗殺」であろうと噂していた。そして殺したのは近衛騎士であろうこともほぼ真実のように広まっていた。


 なぜなら理由は三つある。


 新皇帝は近衛騎士隊長のディオスだったからである。


 そして、帝国の歴史上、近衛騎士に暗殺された皇帝はひとりやふたりではない。


 また、暗殺された歴代の皇帝の類に漏れず、カルスは統治者として愚帝であった。


 ただ、これまでの暗殺はいずれも議場、宮殿の庭園、馬車での行幸中など、人目のあるところでの刃傷沙汰だった。だが、今回はその場にいたのはただひとり、ディオスだけだった。


 いずれにしろ無血で政権交代したため、混乱は少なかった。


 新皇帝ディオスは平民から近衛騎士隊長にまで上り詰め、数々の武勲を誇った英雄であった。帝国民から慕われ、そもそも次期皇帝と待望されていた人物であった。


 だから暗殺であったとしても、それは人々の関心ごとではなかった。


 国民は拍手喝采で新皇帝を迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る