Scene2 おとな
少女 (片耳のイヤホンを外して)ねぇ、おじさん。おじさんのことなんて呼べばいい?
大人 そうだな、おじさん、は嫌だからな。…オトゥーナ、とかどうだ。トゥの部分にアクセントな。
少女 フッ、なにそれ、ダサっ。まぁ、おじさんがそれでいいんだったら、それでいいや。
大人 自分から聞いておいて雑だな。
少女 そんなことよりさ、オトゥーナはこれからどこに行くの?
大人 あてはないさ。お前はどこか行きたいとことか、無いのか?
少女 特には…。でも、強いて言うなら、ここからできるだけ遠いところ。そうだな…、天国?とか?とりあえず、日常から……、私の知っている世界から逃げたいだけだから。
大人 (少女の死を連想させるような発言に黙っている)
少女 ……何も言わないんだ。両親がどうとか。
大人 別に。こんな他人が言ったってどうにかなる問題じゃないだろ。第一自分から、付いてくるか、なんて提案しておきながら、ご両親の心配までしているとでも?
少女 確かに。…でも、オトゥーナには、家族とか大事な人とかいないの?もし警察に見つかったらつかまっちゃうかもしれないよ。
大人 平日の夕方、世間でいう定時前にあてもなくふらついてるようなおっさんに、そういう人がいると思うか?
少女 ってことはいないのか。なんだか寂しいね。
大人 (沈黙)
少女 (あくびをしてから)眠たくなったから、ちょっと寝る。
大人 俺は売れない小説家だった。端から見たら、ただのニートと一緒のようなもの…。一応働く気はあったのだが、体調を崩しやすいせいで、ちゃんとした職に就けないでいた。定職に就かず、いつまでも夢を追い続ける俺に、家族や友人は「ちゃんと働きなさい」だの、「現実見ろよ」だの、いろいろ言ってきた。でも、俺にとっては全部、夢を諦めた人間の負け惜しみにしか聞こえなかった。……そんな風に人を見下してきた俺は、友達、遂には家族にまで見捨てられ、路上やネカフェを転々とする日々を送っていた。
大人 (寝っ転がっている)
新卒 ほら、起きて!こんなところに寝てたら邪魔だよ。自分で立てる?(手を差し伸べる)
大人 (睨みつけて)あぁ?なんだよ。ってか誰だよお前。お前にとって邪魔だろうが、関係ない人間なんだし、別にほっときゃいいだろ。
新卒 邪魔だと思ってるのは、私だけじゃないかもよ。みんなが困ってるんだったら、いつかは誰かが声をかけなきゃ。(もう一度手を差し伸べる)
大人 (差し伸べられた手をガン無視して)へぇー、ずいぶんとお人よしだこと。
新卒 (腕時計を見て)ヤバっ!会社に遅れる!(走り去りながら)ちゃんとネカフェでもいいから 寝なよ~!もう道で寝ないでね~!
大人 なんなんだ、あいつ…。
新卒 あ、まだいるー。ネカフェに行くお金もないの?しかも、煙草まで吸って…。
大人 お勤めご苦労様ですー。通退勤中に路上生活者同然の人間に声をかけて憂さ晴らしですかー?それとも、卑しい人間に声をかけてあげてる自分に酔ってるんですかー?結局それって自己まn…
新卒 (顔が曇る)そう、全部自己満だよ………。でも、憂さ晴らしじゃないし、自分に酔ってる訳でもない。
大人 じゃ、なんだよ。
新卒 人のために、と思えるようなことをして、自分は生きててもいいんだって思いたい、それだけ。だから、本当はここを通る誰かのためでも、貴方のためでもなく、全部自分のため。
大人 それって悲しくねぇの?
新卒 別に悲しくないよ。むしろ、自分が誰かに必要とされてる気分がして、めっちゃハッピー。
大人 なんか空元気な気がするんだが…。
新卒 (大人の隣に座りながら溜息)毎日毎日、会社のみんなに迷惑かけて、その度に怒られて、自分って何で生きてるんだろうって…。だからさ、こうやって元気なフリでもしないとやってけないよ…。ハハハ、ほぼ初対面の人に何言ってんだろ、私…。
大人 (煙草を地面に擦り付けながら)お前ドジっぽいし、確かに会社でヘマしてそうだな。
新卒 こういうときって、普通は慰めてくれるもんじゃないの?
大人 普通は、なんて言われてもな…。(慰めの言葉を捻り出そうと長考しながら)お前は会社で沢山迷惑をかけているかもしれないけど…、人間なんてさ、生きてるだけで誰かに迷惑かけてるもんじゃねぇの?
新卒 確かに、実際貴方はここで生活してるだけでいろんな人に迷惑をかけてるし…。
大人 は?人がせっかく慰めてやったっていうのに、お前は…
新卒 (被せて)ごめんごめんw。なんか貴方と話してたら元気出てきた。ねぇ、今から海にでも行かない?
大人 いきなりすぎるな。(渋々)まぁ、お前が金出してくれんなら、行くけど。
新卒 じゃ、行こ!
大人 さっすがに、冬の夜の海はさみぃな…。
新卒 確かに、仕事帰りの疲れた体には、ちょっとキツいかも…。
大人 っていうか、なんで海なんだよ。
新卒 え、…好きだから。
大人 それだけ?
新卒 …それだけ。
大人 フッ、
新卒 え?今なんで笑った?
大人 いや、なんかガキっぽいなーって思って、こんな奴が社会人かーって。
新卒 別にそこまで言わなくてもいいじゃん。
大人 まぁまぁ、落ち着けって。
新卒 (大人をよそに「海ーが見-たーい、ひーとーをあーいしたい」などと歌いながら少し歩いて)あ!このシーグラス綺麗!
大人 だからそういうところだって…。
新卒 見て見て!
大人 全く聞いてねえじゃねぇか…。ハイハイ綺麗ですねー。(煙草に火をつける)
新卒 ちょっとテキトー過ぎない?
大人 (息を吐いて)別に海に行くのに付き合うって言っただけで、ガキの相手に付き合うとは言ってねぇし…。
新卒 そう、だね…。ちょっと騒ぎすぎたかも。…ごめん(あからさまにしゅんとする)
大人 ったく、しょうがねぇなぁ…。ん、(シーグラスをよこすよう促す)
新卒 (満面の笑み)
大人 ……確かに。綺麗かもしれない…。
新卒 (食い気味)でしょ!シーグラスってさ、もともと鋭利なガラスが波に揉まれて出来上がるんだってさー。私、そこが好きなんだよねー。
大人 そう、なのか。
新卒 こう…、何と言うかさ、波に揉まれて丸くなるっていうのがさ、……なんか社会に揉まれた大人みたいで、よくない?
大人 はぁ、
新卒 見てるとさ、”自分はそんな丸い人間になってたまるか!”って思えるんだ…。まぁ、人を傷つけてしまうような鋭利さを持っているのは、あんまりよくないけどさ…。
大人 ……。
少女 あと、少しくすんでいるのがいいよね。社会に疲れ切った大人たちの目とおんなじ。それなのに、こんなに綺麗だなんて、皮肉にしか思えないよ…。(だんだん表情が暗くなっていく)
大人 大丈夫か…?
新卒 アハハ、大丈夫大丈夫。
大人 (煙草を地面に擦り付けながら)お前はまだガキなんだな。
新卒 ねぇ、さっきから私のことガキって言ってるけど、貴方何歳なの?
大人 (立ち上がり)一応27だけど。
新卒 え、見えない…。っていうか、27で路上生活者?ヤバっ…。仕事何もしてないの?
大人 別に何もしてないわけじゃ。
新卒 じゃあ、何してるの?(疑惑の眼差し)
大人 えっ…、小説k……。いや…(ここは何もしてないって言った方がいいのか…?)何もしてない。
新卒 やっぱなんもしてないんだ。
大人 (動揺)っそういうお前こそ、さっきから偉そうに上から目線で話してくるけど、何歳なんだよ。
新卒 レディに年齢を聞くとは、なかなかいい度胸してるじゃない。
大人 で、何歳なんだ?
新卒 (ぼそっと)…23歳。
大人 ほーら、やっぱりガキじゃねぇか。
新卒 う、うぅ…。
大人 まぁ、でもちゃんと社会に出て働いているだけ、俺より大人かもな。
新卒 でしょ(ドヤ)
大人 そういうところが、ガキ。やっぱ俺のほうが大人だな。
新卒 (真似して)確かに、すぐそうやって人と比べるところは、大人だな。
大人 はぁー?社会に出てる俗な大人と一緒にすんなy……
新卒 アハハハハ!やっぱ、貴方と一緒にいると元気になれるなー。ねぇ、帰るおうちないんでしょ?だったらさ、私と一緒に暮らそ!
大人 ……はぁ!?そればっかりは、本っ当にッ理解できない!第一、初対面の異性を家に上げるなんて、お前は馬鹿なのか!?危機感なさすぎとか、どこまでガキなんだよ。少しは世間を知ったらどうなんだ…。
新卒 私の家に住めば、家事をするだけで快適な空間がタダで手に入るんだよー?それに…(ニヤニヤしながら)冴えないニートの貴方が、女の子に手をかけることができるなんて想像しにくいし…。
大人 うるさいなー。まぁ、その通りではあるんだが…。
新卒 じゃあ、決まり!今日から貴方のおうちは、私のおうち!さ、一緒に帰ろ?
大人 おい、引っ張るなって!
新卒 ただいまー!ボロくて狭いかもだけど、どうぞー。
大人 お、お邪魔します……。あ、あったけぇ~。ほのかなヌクモリティを感じる…。
新卒 あー、うちスリッパとかないから、靴下のまんまで上がっていいよ。
大人 本当に、いいのか……?
新卒 うん、私スリッパとか履いてもらわなくても、全然。
大人 いや、そういうことを言いたいんじゃなくて、こんな名前も知らないような男を……。
新卒 そうじゃん!名前聞いてなかったね!
大人 はぁ……(呆れ)。
新卒 貴方のお名前は?
大人 ……そう改まって尋ねられると、恥ずかしいな。
新卒 なにモジモジしてんの。さっきまでの威勢はどこへやら。答えないなら私がつけちゃお。
大人 へ?……まぁ、いいか、
新卒 じゃあ、私より大人だから……オトゥーナ!
大人 ダサい。却下。ってか、それってお前より年上なのに定職に就いてない俺に対する皮肉だろ…。
新卒 (被せ気味に)さっき私が名前をつけるって言って、まぁいいって言ったのは誰ですかねー?
大人 ……はい、俺です。
新卒 うむ、よろしい。ってことで、今日から貴方はオトゥーナ!はいリピートアフターミー。私はオトゥーナです。はい!
大人 (気だるげに)私はオトゥーナです。
新卒 違う違う、オットゥ↑ーナ!だよ、トゥにアクセントをつけてー。はい、もう1回。
大人 私はオトゥーナです…。
新卒 よろしい。じゃあ、改めて。これからよろしくね(握手を求める)。
大人 あ、あぁ…。(戸惑いながら手を差し出す)
新卒 (握手しながら)そういえばオトゥーナにプレゼントがあるんだった。
大人 いきなりなんだよ。
新卒 (スーツのポケットをまさぐって)じゃーん!ココアシガレットぉー!
大人 コンビニに立ち寄ったのは、そういう訳か。あ、さっき俺が頼んだ煙草は?
新卒 あー、それなら買ってないよ。言い忘れてたんだけど、ここのアパート、禁煙だから。(てへぺろ)
大人 …ゑ?いや、てへぺろ、って可愛い顔してもダメだからな。
新卒 まぁ、そういう訳で、これ、(ココアシガレットを強調する)
大人 いやいやいや……。それで禁煙しろっていってるのか?……お前、ニコチン中毒者完全に舐めてるだろ。
新卒 へー、そんなこと言っちゃうんだ~。禁煙を頑張らないなら、また寒空の下で生活することに……。
大人 ……頑張ります。
新卒 よろしい!
大人 こうして俺と彼女の不思議な生活が始まった。俺は家事をしながら、整った環境で生活をし、小説を書くことができる。彼女は心休まる人のいる家に帰ることが出来る。まさに双方の利害が一致した合理的な生活。……でも、利害とか抜きに彼女との生活は楽しくて、幸せだった。
新卒 ただいまー。
大人 おっ、おかえり。飯、ちょうど出来たぞ。
新卒 オトゥーナもすっかり生活に慣れてきたね。禁煙もいつの間にかできてるし。
大人 そりゃ、衣食住と煙草を天秤にかけたら…。まぁ最初は、テレビとか普通の家にあるものがなくて、若干不便に感じることはあったけども、居候の身で贅沢は言ってられねぇしな。
新卒 ごもっとも。あ、オトゥーナ、今日ご飯いらない…。作ってくれたのにごめん……。
大人 …大丈夫か?顔色悪いぞ。俺に何かできることがあったら言ってくれよな…?
新卒 アハハ、大丈夫だって、気のせいだよ。
大人 ……そ、うか。ならいいんだが……。
新卒 (暗い顔を隠すようなぎこちない笑顔で)オトゥーナ気にしすぎ。ちょっと、外の空気吸ってくるね。
大人 夜なんだから、あんまりふらつくなよ。
新卒 (笑顔で)わかってるって。じゃ、いってきまーす。
大人 あいつ、遅いな……。暇だし、ラジオでもつけるか…。
DJ ラジオネーム、チュートリアル永遠挑戦中さんからのメッセージです。ちょっと重めなんですけど…。
大人 あいつの好きなラジオ、始まってんじゃん。もうそんな時間か……。
DJ 「入社してからずっと会社でうまくいってなくて、しんどいです…。頑張っても頑張ってもいつも空回りしちゃって、もうどうしたらいいかわからないです…。毎日毎日朝が来るのが怖くて眠れません」
大人 (他人事のように)こいつ、随分深刻だな…。
DJ …今はうまくいってないかもしれないけど、いつか「あの時頑張っててよかった」って思える日がくるからっていうことを私、しつんそさんに言いたくて…。あんまりうまく言えないけど、まぁ……
大人 的を射ているようで、ビミョーに射ていない。引くほどに無責任な励まし(激冷め)。
DJ とりあえず、好きな曲でも聞きましょ。ってことで、チュートリアル永遠挑戦中さんからのリクエストで「怪獣のバラード」
大人 もしかして……。
大人 ん、あいつからだ
新卒 「ごめん、実はもう大丈夫じゃないんだ。今まで楽しかったよ、ありがとう。最後までいっぱい迷惑かけてごめんね。私がいなくなっても煙草吸ったり、道で寝ないようにしてね。あ、おうちは買ったものだから、住み続けていいよ。手続きは色々、まぁ、できるところまでだけど済ましてあるから安心して」
DJ ちょっとさっきは暗くなっちゃいましたけど、気を取り直して。八時台のナイトタイムステーションは、俳優でミュージシャンのアサクラトモエさんがゲストに登場!Stay tuned!
アナ 八時になりました。この地方のニュースをお伝えします。速報です。あおば鉄道のたなみ駅、あらい駅間で発生した人身事故により、現在運転を見合わせています。復旧の見込みは立っておらず、振替輸送が行われています。お帰りの際は、最新の交通情報をご確認ください。続いてのニュースです。南山動植物園で、エミューの赤ちゃんが生まれました。エミューの赤ちゃんは、体長23㎝、体重435gの元気な状態で生まれ、来年3月頃から一般公開の予定です
大人 人身事故?どこでだ…?(パソコンで調べて)ここって近くの踏切じゃないか……。…いや、そんなことない、きっと気のせいだ。……でも。
大人 行動の何もかもが唐突で、いつも俺を驚かしていた彼女は、その最期も唐突だった……。……いや、思い出せばそういう兆しはあった。でも、彼女が俺に何かをさせてくれることはなかった。いつも「大丈夫」と笑顔で答えるだけで、最期の最期まで…。
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