あるスノーボーダーの不思議な体験
丸子稔
第1話 幻のコース
スノーボーダーの宮脇康介は現在、来年開催される冬季オリンピックにおける日本代表の当落線上にいる。
代表の座を勝ち取るには、次の大会で優勝するのが必須なのだが、その大会は一、二を争うほどの難コースとされており、そこで優勝するのは簡単なことではなかった。
宮脇は大会前に少しでも自信をつけようと、一般客は立ち入ることができない幻のコースがあると噂されているスキー場に出掛けた。
そのコースはプロでも攻略するのが難しいと言われている。
やがてスキー場に着くと、宮脇はスノーボード片手に、早速その幻のコースに向かった。
一般客が楽しんでいるのを尻目に、奥に向かって歩いていると、白い服を着た髪の長い女性が仁王立ちしているのが目に入った。
女性の足元には、スキー板とスノーボードが置かれてある。
(ん? あの人、あんな所で何やってるんだ?)
宮脇はそんなことを思いながら、近づいていくと、女性はこの寒さの中、白いワンピースを着ているだけだった。
(うわあ、なんか不気味な人だな。まるで雪女じゃないか)
宮脇は直感的に関わるのはまずいと思い、そのまま立ち去ろうとすると、すれ違いざまに女性が声を掛けてきた。
「あんた、ここから先は行かせないよ。どうしても行きたいなら、私と勝負しな」
「勝負? あなた、いきなり何言ってるんですか?」
「あんた、どうせこの先にある幻のコースに行こうとしてるんでしょ? でも、そこは、この前挑戦した者が転倒して、そのはずみに頭を打って亡くなってしまったの。それ以来、よほどの腕を持った者でないと、行かせないことにしたのよ」
「なるほど。けどあなた、スケボーなんてできるんですか? 見た感じ、とてもそんな風には見えないし、年齢もかなりいってますよね? 失礼ですが、今おいくつですか?」
「1043歳よ」
「1043? いや、いや。そういうデーモン的なボケはいいから、普通に43歳と言ってくださいよ」
「……で、あんた、私と勝負するの? しないの?」
「あなたに勝たないと、ここから先はいけないんですよね? だったら、勝負するしかないじゃないですか」
「じゃあ、あそこに大きな木が見えるでしょ? そこまでどちらが早く着くか勝負よ。もしあんたが勝ったら、この先の幻のコースに行かせてあげるわ。けど、あんたが負けた場合は、一般の客と同じコースで練習してもらうから」
「分かりました」
「じゃあ、今から雪玉を投げるから、それが下に落ちたらスタートよ」
女性はそう言うと、雪玉を作り、それを上に放り投げた。
『パサッ』
雪玉が下に落ちたと同時に二人はスタートした。
(さて、どんな滑りをするか、お手並み拝見といくか)
宮脇は余裕しゃくしゃくで、後方から女性の滑りを見ていたが、彼女の無駄のないフォームに見とれているうちに、どんどんと差が開いていった。
(この人、半端ねえ! このままじゃ、負けてしまうぞ)
宮脇はそんなことを思いながら、懸命に追いかけたが、結局女性に追いつくことはできなかった。
「約束通り、一般のコースで練習してもらうよ」
勝ち誇ったように言う女性に、宮脇は「もう一度、勝負してください。よく考えたら、あなたはこのコースに慣れてるんでしょうけど、俺は初めてだから不公平ですよ」と訴えた。
「まあ、あんたの言うことも一理あるわね。分かったわ。じゃあ、もう一度だけ勝負してあげる」
女性はそう言うと、再び雪玉を作り、上に放り投げた。
『パサッ』
雪玉が下に落ちた瞬間、宮脇は先程のように様子を見ることはせず、最初から全力で滑った。
(さっきは油断して負けたけど、今回はそうはいかない。一度滑ってコースも覚えたし、今回こそ絶対勝ってやる)
先程と違い、二人は最後までデッドヒートを繰り広げ、タッチの差で宮脇が先にゴールした。
「あんた、やるわね。さすがオリンピック候補なだけあるわ」
「えっ! 俺のこと知ってるんですか?」
「もちろん。あんた、この先のコースで腕を鍛えるために、ここに来たんだろ?」
「ええ、まあ」
「けど、気を付けた方がいいよ。さっきも言ったけど、先日死人が出たばかりだし、天気予報によると、もうすぐ吹雪になるみたいだから」
「それなら心配いりませんよ。たとえ転倒しても、頭を打つようなドジなことはしないし、ヨーロッパでは吹雪なんてザラですから」
幾度もヨーロッパ遠征に行っている宮脇は、女性に笑顔を向けながら、奥にある幻のコースへと進んでいった。
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