プロローグ


「…であるからして、大王を頂点とした豪族たちの連合組織で、ヤマト政権は成り立っていて…」


眠気を誘う昼休み後の歴史総合の授業中。教室の廊下側の一番後ろという、睡眠をとるには絶好のポジションで眠気に抗っていた棟田平良むねた たいらは、ぼんやりと(今日はバイトかぁ)と物思いに耽っていた。


前の席に座る女子、御堂舞香みどう まいかが右ポケットからハンカチのようなものを取り出した時、コトリと何かが落ちて僕の足元に転がってきた。


「…この氏姓制度を基盤として支配の仕組みや政治制度が構成されていた。

うじかばねもいまでは家名として使われているが、ヤマト政権の氏姓はそれとは違って、血族グループを氏で称し、姓は大王から与えられた地位を表す称号と考えられている」


歴史総合の松井先生をチラりと確認すると、抑揚がなくまるで呪文でも詠唱しているかのように話を続けながら、こちらには背を向けて板書に集中している。


(拾うなら今だな)


音を立てないように少し椅子を後ろに引いて、机の下に潜り込む。リップスティックのようなものが落ちていたのでそれを拾う。


机の下から這い出て、松井先生がまだ背を向けていることを確認し、机の上にそのリップスティックを置いて付いてしまっているかもしれない埃を拭きとる。


(それにしてもリップってのは、こんなにずっしりと重いものだったのか)


重量感に少し違和感を感じたが、前から視線を感じて目線を少しあげると御堂がこちらを見ていた。何故か御堂の頬が赤く見える。


(体調が少し良くないのか? 熱でもあるなら保健室に…)


と、一瞬だけ逡巡したが、初日からあっという間にクラス一の人気者となった御堂に対して、ぼっちの僕が余計なことをすることはない。ハンカチの中からリップスティックを取り出して御堂の方にそっと突き出す。


(ありがと)


御堂は口パクでそう言って、リップスティックを受け取り前を向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る