人形葬の村(6)

 


 殆ど会話も無いまま、俺とレイカはオツクリさんの少し後ろを歩き続けた。

 時間にして十五分程度歩くと、ようやく山道を抜けて開けた場所に辿り着く。


「集落……? もしかして、村か?」


 山の間を無理やり切り開いて、何とか生み出したような平地。

 そこには古い平屋の日本家屋が数件立ち並び、奥には畑のようなものも見える。

 だが、それだけだ。

 ここには車も無ければ何の施設も無い。

 昔動画サイトで見た廃村のような雰囲気を漂わせている。


「お世辞にも、人が住む場所とは言い難いわね。山奥に人の目から隠れるように存在する村なんて、ホラー映画でしか見たこと無いわ」

「確かにその通りだが……お前は少し素直過ぎるな」


 隣でそんなことを呟いたレイカに苦笑していると、少し先で立ち止まっていたオツクリさんに追いつく。

 最上さんはどこかへ行ってしまったようで、見当たらない。

 オツクリさんはようやく、俺たちと話を始めてくれた。


「お疲れ様です、二人とも。どうです? 自然に囲まれた良い村でしょう?」

「物は言いよう、ですね。現代っ子である俺たちからすると、ただただ不便な場所でしかないですよ。スマホの電波もギリギリ届くかどうかじゃないですか」

「あはは。ここは閉塞的な村ですからね。その電波だって、栄えている隣町の恩恵を意図せず拾っているだけです。僕らが今通って来た山道も、昔からあるわけじゃない。には向かいの険しい山を越えて行くしか、外界との繋がりは無かった」


 だから車も無いのか。しかし、あまりにも『外』との交流が希薄のように思える。

 昭和中期の空気に満たされたこの場所は、古い物置に忘れられた缶詰のようだ。


 誰に見つかることもなく、開け放たれることも、受け入れることもしない。

『今』に順応も出来なければ、必要ともされない。


 それは、どうして――。


「それは、》に関係があるのでしょう?」


 思考を中断させたのは、レイカの言葉だった。


「……驚いた。君は、この村を既に調査済みなのですか?」


 オツクリさんは言葉とは裏腹に、柔和な笑顔のまま顔色を変えない。


「いいえ。だけど、想像はつくわ。あの老人の異常なまでの攻撃性。そして他者を排除しようとする執念。この村に続く山道の前には、隣町の人間ですら知らない、埋められた人形があった。そのどれもが無関係だと思えるほど、平和な頭じゃないのよ」

「なるほど。今時の女子高生も捨てたものじゃない。あれ? 女子高生ですよね?」

「失礼な中年ね。都会のJKは大体みんなこんな感じなの。私は平均的な方よ」


 いや、お前は精神面でも肉体面でも平均的じゃないぞ……。

 実際、オツクリさんが疑うのも無理はないだろう。


「都会、ですか。僕はずっとこの村に居るので知りませんでしたが、やはり時代は変わるものですね」


 それより、と。話を切り替えてオツクリさんは続ける。


「雑談はこれくらいにして、最上さんの家に行きましょう。あなたたちは私の助手として、見ているだけでいい。逆に言うと、それ以外のことは何もしないでください。


 語気は穏やかで、声音も優しい。だが、俺の耳には脅しの様にも聞こえた。

 余計なことをするな。

 そんな警告を孕んだ言葉に、俺とレイカは頷く。

 来てしまった、関わってしまった以上は、俺たちは最低でも傍観者の役割を担う必要がある。


「ありがとうございます。まあ、逃げずに僕に付いてきたわけですし、君たちには強い好奇心があることは分かっていますから。全てが終わった後、もっと詳しくお話しますよ」


 約束します。念押しをしてから、オツクリさんは歩き出した。

 俺は既に答えに辿り着いていそうな、レイカの考えを聞きたかったけれど。


「顔に書いてあるわよ、玄人。知りたいのよね?」

「うっ……いや、ほら。悪いことだったら覚悟が要るだろうと思ってさ」

「一つだけ教えるなら、別に悪いことじゃないわ。少なくとも、私はそう思う。私以外の誰かはそう思わなくても、それがこの村の中では正しいことなのでしょうね。あと、ついでに教えてあげるけれど、今日の下着の色は黒よ」

「その情報絶対要らないな?」

「でも、男の子って単純だから私の下着姿を想像しちゃったでしょう?」

「……してないよ?」


 レイカは俺の返事を聞いて、愉快そうな顔と足取りで先に歩き出す。


 きっと、俺の悪い想像を打ち消すためにどうでもいい情報を与えてくれたのだろう。そういう心遣いが出来る女の子だ。悪戯じゃないはずだ。そう思いたい。


 それでも確かに、男ってつくづく単純だなと身をもって思い知らされてしまったのだった。



 オツクリさんが入って行ったのは、最上さんの家だった。

 茶色というより最早黒色になりかけている木の表札に、薄っすらとその苗字が読み取れる。土間で靴を脱ぎ、埃が積もった短い廊下を進んでいく。


 そしてその先の部屋の入り口に立つと、線香の香りが強烈に脳を刺激する。

 その刺激は、を否応なしに与えてくる。


「失礼します、最上さん」


 オツクリさんがそう言ってから、所々穴の開いた障子戸を開けると、やはりそこには想像していた『あるもの』が横たわっていた。


 清潔そうな布団に寝入った、老人。

 顔には白い布が被せられているが、頭髪の長さから女性だと推測出来る。


「……お待ちしておりました」


 その横に、喪服に着替えた最上さんが正座していた。


 枕飯には先ほど山中で採って来たであろう山菜と、白米が並んでいる。

 これを用意するために一足先に家に帰ったのだろうか。


「《オニンギョウ様》は、用意してありますね?」


 座りながら尋ねるオツクリさんに、最上さんは頷いてから仏壇の下の収納を開ける。

 俺とレイカも少し後ろに座り、二人の様子を見つめていた。


「こちらに、ご用意してあります」


 最上さんが取り出したのは、真っ黒な木箱だった。

 先ほどの表札のように、経年劣化したわけではない。

 黒光りする箱は、恐らく漆が塗ってあるのだろう。


「では、《オニンギョウ様》を取り出して、枕元に」


 オツクリさんに促され、最上さんは箱の蓋を外して中から何かを取り出す。

 それを見た瞬間、俺は思わず困惑の声を漏らしそうになった。


 隣町の《人形祭》で飾られていた、某アニメの女性キャラクターのフィギュアだった。何故これがここにあるのか。そして、何故なのか。


 それでも俺は黙って、その先を見届ける。


「よろしい。我々は退室しますが、最上さんはどうされますか? 奥様の横で見届けても構わないですが」

「いや……儂も、縁側でタバコでも吸いながら待ちます。妻が《人形》になるのを見るのは、辛いですから」


 最上さんは両ひざに手を置いて、深く頭を下げてから部屋の奥にある縁側へと移動した。俺たちはオツクリさんに続いてその反対、先ほど通った廊下へと一緒に出る。


「オツクリさん。あれは、一体……」

「聞きたいことはあるでしょうが、今は黙っていてください。数分もすれば、全て終わります」


 制されて、俺は黙るしかなかった。ふと、レイカを見ると彼女も同じように怪訝な顔をしていることに気付く。想像していたものと違っていたのだろうか?


「……そろそろいいですね。入りましょう」


 本当にたった数分ほどで、オツクリさんは再び居間に入って行く。


 そして今度こそ、俺は部屋の中の光景に困惑の声を漏らしてしまった。


「どういう……ことだ?」



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