山下美月の帰還
軽部雄二
第1話 プロローグ
「お母さん、行ってきます。」
玄関から娘・美月の元気な声が轟いたのを聞いて、母の早紀江は慌てて白いレインコートを掴んで娘の元へ向かう。
「美月ちゃん、レインコート持って行った方が良いんじゃない?部活が終わる頃には寒くなるよ。」
「んーーーーー。どうしようかな。」
美月は暫く思案しながら、玄関の扉を開けて外の気候を確かめる。
「大丈夫。今日はいいや。」
「そう。」
早紀江は持って行った方が良いんではないかと思ったものの、娘の判断を尊重し、それ以上はしつこく言わなかった。美月は近くの中学校に通う一年生。13歳である。一から十まで親があれやこれやと指図する年でもなかろう。
「バトミントン部の強化選手の指定、受ける事にしたの?」
早紀江は美月に訊ねた。美月は中学校ではバトミントン部に所属していたのだが、なんと先日、県の強化指定選手に選ばれたのだ!これには母子共々驚いた。なんでも先日の大会で県内4位に一年生ながら入賞した事が評価されたという。バトミントンを始めたのは中学校に入学してからである。早紀江は娘の秘められた才能を頼もしく思ったのだが、美月はその事に悩んでいた。というのも、美月の通う中学はバトミントンの強豪で、自分より上手い上級生は一杯いるのに、なぜ自分が選ばれたのだろうと訝しく思っていたからだ。
「ん・・・・・・、まだ決めてない。」
早紀江は娘の口ぶりから強い不安感を感じ取った。
「嫌だったら、辞退しても良いんじゃない?」
早紀江は美月に無理して嫌な事を引き受けなくても良いと暗に仄めかした。
「んーーーー、だけど、ダルマが怖いから・・・・・。」
ダルマというのはバトミントン部の顧問のあだ名である。太めの体格、まん丸の顔にギョロッとした目。それで生徒達からダルマと呼ばれているのだと美月から聞いた事があった。
「それならお母さんから、ダルマ先生に断りの連絡を入れてあげようか?」
「・・・・・・。」
美月は暫し考え込んだ後で、早紀江にキッパリと言った。
「いいや。もうちょっと考えてみる。もし、辞退する時はダルマ先生にハッキリ言うよ。自分で考えてなるべく早く結論を出す。私の代わりに選ばれる人にも悪いからね。」
「そう・・・・。」
早紀江はそれ以上何も言わなかった。娘は自分の考え以上に大人だ。自分で決断が出来、他人に配慮が出来る。早紀江は娘の成長が誇らしかった。
「それじゃあ、お母さん。行って来ます。」
早紀江は娘の美月が元気よく学校に向かうのを、微笑みながら見送った。
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