ラブコメを描いたら厳しく罰せられる世界でも僕は性癖を布教して狂信者を大量につくる

九条 夏孤 🐧

第1話 こんな世界です

高層ビルのネオンがちらつく深夜の街。

街角の小さな書店から僕はうなだれた格好で出て行った。

本一冊も買わずに今は手ぶらだ。


……なに?立ち読みすんなって?

いやいや、買いたい本が全くなかっただけだよ。


店内に置いてあったのは、アクション系とミステリー系、ホラー系に評論系。

……さあ、足りないモノ分かるよね?


……ラブコメが無い。

――――!!!!!!!


漫画、小説、週刊雑誌。

どれを覗いても全く恋愛観が微塵も感じられない作品だらけなのだ。

かと言ってアクションを見ても、むさくるしいかスッキリしすぎているかの二択。

ミステリーやホラーのどれを見ても恋愛シーンが無い。

例え男女ユニットでの物語だとしても、完全に友達ムーブ突き通して終わりにしてる。


『炎上確定!!禁断の仲!!!』とかデカデカと表紙に印字してある週刊誌。

しかし内容を見ても、ただ俳優の男女が談笑しているだけ。

なんか事細かに『その距離推定53cm!!』とか書いてあって地味にキモかった。


まあ、理由はすでに分かっているんだけど。

僕、東雲 蓮伊しののめ れんい、実は既に一度死んでしまっていてこの世界は僕の転生後の場所、俗に言う異世界なのだ。

かと言って元の暮らしていた『日本』とほとんど似ているし景観に違和感はない。

この国の名前は『旦木』って言うらしいし、日に本から一を吸われただけの殆ど同じ漢字である。


―――そしてこの『旦木』っていう国、というか全世界が共通の宗教を信仰している。

それが前世と唯一違う点である。

A教っていう一神教の存在ね。

そのA教の教えをまとめたのがA書っていうんだけど、そこに書いてあることは意外にも道徳的な事で変な縛りは余りない。


しかし、ある一点についてとても了承することの出来ない規則が示されている。

『性という概念は神から授かったため、それを淫らに扱ってはならない』

これを拡大解釈するとどうなるか?


その結果がこれだ、『旦木国憲法、第810条 恋愛を思わせる作品を作る事はこれを固く禁ずる』。

つまり、さっきの書店の様にこの世界にはラブコメというジャンルだけ本や漫画、それらから抜けているのだ。


あ、ちなみにリアルの男女交際は許可されているよ、もちろん!

――国に許可をしっかり申請すればね☆

―――親族や学校、会社にしっかり申告すればね☆

何だこの世界(N回目)


まあそれでも悪い事ばかりでは無くてな。

今夜道をずんどこずんどこ歩いてるけど、一軒も風俗店を目にしていない。

そう、性的な事が結構厳しく管理されているから治安が前世より遥かに良くなっている。


……とはいえ、ラブコメを禁止したことは許さん。のわー!


そうやって怒りながら歩く中、ふと立ち止まって考えてみる。

自分でラブコメ書けばよくね?無いなら作れ理論で。それで楽しんじゃえばいいじゃん。

これは逆転の発想だ!!




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「いっけねえ。遅刻~~遅刻~~~」


昨日は張り切って200文字の超長編のラブコメを3時間かけて作っていた。

だからだけど寝坊した。

僕はまだ高校生で、大学生の様に二コマ目から授業とかそういう概念が無いので、遅刻というリスクが常に付きまとっている。


朝食のフランスパンを口に加えながら、通学路をドタドタと走る。

既に周りには同じ高校生が一人も居らず、完全に遅刻寸前なのが伺える。


……こう焦っていたから注意が向かなかったのだろう。


「わっ!」

「きゃっ!」


曲がり角で不意に誰かと衝突してしまったのだ……。

でもフランスパンを加えてたり帰宅部だったりと僕にパワーが無かったのでそこまで大事故にならずに済んだのであった。


とりあえず、ぶつかった人の状態も確認するため目を配ると、そこには同じ学校の女子生徒が尻もちをついていた。

黒髪ロングのいかにも清楚って感じの生徒だ。


「えっと……」


とりあえず謝ろうかな、そう思った矢先、こんな言葉が飛んできた。


「あの……ごめんなさい。その傷害罪とかで訴えないでほしいなって……」


「え?」


傷害罪?何のこと?

頭に疑問符が飛び上がるが、彼女の真剣な瞳から全く嘘だと思えなかった。

そこでハッと思い出す。

―――そうか、ここの世界には恋愛観が極端に狭いんだ。と。


もし僕の元居た世界でぶつかれば、狙った変態とか色々思われそうだけど、いかんせんこの世界にはそんな情報は無い。

ただ男女の関係はあって友達、そこに劣情も何もない。それが常識だ。


「全然気にしてないよ!こっちこそぶつかってごめんね」


「あ、ありがとうございます!!」


ペコペコと頭を下げながら、その子は感謝を言っていた。

感謝を言われているのが恥ずかしいと、その子の顔が可愛すぎて直視できないとで、僕もつられてペコペコする。

ペコペコ、ペコペコ、ペコペコ。

それからペコペコタイムを終えると僕とその子は立ち上がった。


すると、その子が「痛っ」といって腕をさすった。

そこに目を落とすと、一筋の切り傷がある事が分かった。

転んだ拍子についてしまったのだろう。


「放置してたら危ない」


僕はそう言って、カバンをゴソゴソと探った。

そうして自前の消毒液と絆創膏をとりだす。昔から怪我が多いヤンチャっ子だったから常備していたのだ。


「その、私の不注意でできた傷なので、全く気にしなくて大丈夫です!」


顔を赤面させる清楚っ子。

でも放置することは罪悪感が高すぎるので、もちろん対応を続ける。


「……同じ学校だよね?僕、蓮伊って言います」


「私は二年三組の宮白小塙みやじろ こはなです。……んッ消毒液冷たい」


丁寧すぎる自己紹介から一転して悶えてる声。

やめてくださいよ絆創膏上手く張れないからさっ!!


「これで、どうかな?痛くない?」


どうにかガーゼと傷口を合わせると、状態を聞いた。

そうすると、恥ずかしそうに小塙さんは口をモゴモゴさせた。


「これって……せ、せ……」


「せ?」


何の事だろうと、頭を悩ませていたらぴかーんと浮かんだ。

セクシュアルハラスメントかぁ?!もしかしてこれ!!

ぶつかったところまでは不幸で済んだけど、ケアしてあげるまでは流石にやり過ぎたのでは??

今の女子高生おそるべし!!


「せ、青春みたいだな!って私思っちゃって」


「セクハラじゃないです!無意識です!ってえ?」


顔面蒼白の僕に対して小塙さんは嬉々とした表情で両手をもじもじさせていた。

―――ピュアかよ……。

あまりの可愛さの波動に僕という存在が消滅しそうになっていた。


そうだ思い出した……。

ラブコメが存在していない世界は皆、純愛をほんのりとしか知っていないからこんな感じでピュアなんだよなぁ。


関係ない話だけど、僕の隣に座っている金髪のギャルみたいな子も、僕がイラストで男女がキスをしているシーンとかを書いて見せつけると、真っ赤な顔で消してくる。

……といっても消す前に音無しカメラで保存していることを知っているのはここだけの秘密。

その子も全く男性耐性が無くて面白い。


「ここまできたら一緒に喋りながら登校とか……蓮伊さん……できますか?」


「え、別に構わないよ」


申請とか必要ないよね?とか目の前でワタワタしている小塙さんに癒されながら通学路を歩いた。

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