第2話

「これは……洞窟か? めっちゃ水晶が生えてるが」


 門の中へ踏み込むと、水晶の生えた洞窟に出た。


 天井から。地面から。壁から。柱から。

 あらゆる場所から生えた無数の水晶。


 見渡す限り光源など何処にもない。にも拘わらず、何処からか差し込む光を水晶群が乱反射している所為で、まったく暗さを感じられない。不思議な洞窟だ。


 幻想的、というか。いっそ現実味が感じられない光景だった。


「門はっ!? ……あるな。よかった」


 振り向けば、今潜ったばかりの“門”が立っている。

 その先には、よく見知った山の景色が広がっていた。


 試しにもう一度潜ると、問題なく山へ戻れた。


 一度入ったら出られない、なんて創作じゃ定番だ。

 そんな事にならなくて本当によかった。焦ったぞ。


「……一体どうなってるんだ。門で繋がってるのは分かったが――いやいや。いつからここはファンタジーになったんだ? それともSF? 常識的に考えて有り得ないだろ。転移門、あるいはワープホール? いきなり技術革新し過ぎだろうがよ」


 二地点間を直接繋ぐ技術なんて、まだまだ空想の話の筈だろう?


 俺は別に最先端の技術に詳しい訳じゃない……というか、今使われている技術すら理解できない物が多いが。それでも流石にそこまで到達してない事くらい分かる。


 ワープや転移なんて代物は、夢のまた夢の更にまた夢の世界の話。

 現実にそれらが出てくるには、数百年以上の時間が必要な筈だ。


「つか、そもそもここは何処なんだ? 日本? アメリカ? いやこんだけ綺麗な場所が先進国にあって無整備ってのは考え辛いな。観光とかに使えそうだし。じゃあ整備する余裕が無くて、こういう洞窟がありそうな国って言うと……南米とかか?」


 いや、南米でもないか。行った事はないが、なんか違う気がする。


 第一、ここは地球なのか? 転移だかワープだか。原理の分からない摩訶不思議な力で移動している以上、地球以外の何処か、という可能性もあるんじゃないか? まあ具体的に何処かと聞かれても分からないが。そもそも、普通に呼吸できてるし。


 ……謎だ。まったくの、謎。一切合切、何もかも分からない。

 分かるのはこの『水晶洞窟』が綺麗な場所だって事くらいか。


 何故か此処に居ると気分が良いし、もうそれだけで十分な気がしてきた。


「それにしても綺麗だな、ここの水晶。――そうだ! こいつら持って帰って業者に売れば儲かるんじゃないのか!? 相場がどれくらいかは知らないが、こんだけ大量にあるんだ。例え買い取り額が低くても、纏まった金額にはなるだろう!」


 はっははは! 我ながらナイスアイディアだ、流石俺!!!


 よっしゃ! そうと決まれば、早速水晶を掘り出してみるか。

 今は道具を持ってない。まずは採りやすそうな物を探して――


「……あん? 今の、何の音だ?」


 ――しかし俺が水晶を採ろうとした、その時。

 洞窟の奥から、ザッ、と足音のようなものが聞こえた。


 咄嗟に視線を向ける。すると人型のシルエット。


「人間? ……じゃ、ねえな」


 形こそ人型。だが、明らかに人間じゃない。


 先端の尖った大きな耳。黄色い目。悍ましい口元。醜悪な顔。小柄な体を持ち、体色は緑。手と足の爪は見るからに鋭く、人間くらい軽く切り裂けてしまいそうだ。


 しかし一番の特徴は――全身から生やした水晶だろう。


 頭。耳。胸。腕。足。

 至る所から水晶が生えている。


 特に酷いのは頭部だ。頭頂部から生えた水晶は巨大で、どう見たって頭そのものよりもサイズが大きい。そんなものが天辺から食い込むように生えているのだ。


 確実に脳が水晶に侵食されている。されてないとおかしい生え方だ。


「……どうしてその形で生きてるんだ? 普通死ぬだろ」


 寄生虫に寄生されてるなら分かる。だが寄生してるのは水晶だ。


 無機物。生物じゃない。寄生虫みたいに寄生した生物を操って、って事も有り得ない筈だ。どう見ても水晶は脳に食い込んでいる。死んでなきゃおかしい。


 ……俺がおかしいのか? 実は寄生する水晶が存在した、と?


 ダメだ。考えてもまったく分からん。今は目の前の相手に集中しよう。


「集中する、と言っても。……さて。どうしたもんかね」

「……………………」

「お前も少しくらい話してくれたっていいんだぞ? ま、そもそも言葉が通じるようには見えないが。……いや、それ以前の話か? 知能があるかも分からないしな」


 だんまり、か。奴は俺と小粋なトークを行うつもりはないらしい。


 くそっ。俺はどう対応するのが正解なんだ、これ。


 もしかしたら奴には人間と同等の知能があるかもしれない。だが何かしら言葉を発してくれなければ判断は下せない。奴の見た目は如何にもなモンスター。迂闊に近付けばあの爪で切り裂かれる可能性もある。危なくて、奴に近付く事も出来ない。


 ここから去る選択肢もあるが……あいつに背中を見せていいのか?


 動物の中には背中を見せると襲ってくる奴もいる。あいつがそういうタイプの生き物じゃないと断言できるか? ……いいや。俺には断言する事が出来ない。


 つまり、ここから離れる事も難しい。膠着状態って訳だ。


 なんとか隙を見て離れ「シャァアアアアッ!!!」――な!?


「――いきなりかよ、おい!?」

「シィイ、ギギャギャギャッ!」


 俺が少しずつ後退ろうとした瞬間、奴は飛び掛かってきた。


 鋭い爪での引っ掻き。危うくもギリギリで回避する。

 俺自身に怪我はない。だが――服がダメージを受けた。


「あぁ!? 俺の服がっ!!!」


 爪を受けた場所が切り裂かれていた。横腹の辺りをバッサリと。

 切り口は一直線。その鋭さを象徴するように綺麗に切られている。


 クソッたれ! 今の俺には服代すら高いんだぞ!?


「やりやがったなこの野郎! お前が何かは知らないが、喧嘩を売ってきた以上ただで済ませて貰えると思うんじゃねえぞ!? ボコボコにぶちのめしてやるッ!!!」

「ギギィッ! ギッ、ギャッギャッギャッギャッギャッ!!」


 愉快に笑ってられるのも今の内だ。

 覚悟しやがれ、クソ緑野郎ッ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る