1-2 孫たち①
「帰った!」
「けーぇたぞぉ!」
「ポテチ、食おうぜ!」
突如、玄関の扉が喧しく開く。それから扉が大きく音を立ててバタンと閉まる。あれ程、閉める時はそっと音を立てずに閉めなさいと再三注意したのだが、きかん坊たちはいつもお構いなしだ。騒がしく声を張り上げながら、3人の子供が家に入ってくる。幼稚園が終わり、バスで送迎されて、3人の孫がたった今帰ってきたのだ。
そうか。もうそんな時間になるのか。
「ヤキュー、やろうぜ!」
「ただいま!」
「ポテチ! ポテチ!」
目を瞑ったままでも温かい光がやって来るのが分かる。孫たちはなんと生命に満ち溢れ輝いていることだろう。それに対して私は床につき、命の灯火が消えかかっている。そのせいか幼き彼らがいつもよりも強烈で眩しく感じられる。
あの時、腹を膨らませていたスズメは三つの尊い命を生んだ。
私の愛しい孫たちは三つ子として生まれてからずっと一緒で、わんぱくで、元気の塊の3人組なのである。
幼稚園が終わって、さっそく何をして遊ぶのか言い合いをしているようだった。ドカドカと足音を立てて、こっちに近づいて来た。
「手洗った? うがいした?」
孫たちのいる玄関の方へ声をかけるスズメ。
「ヤベー」「やってねー」「メンドクセー」
「一太やっとけ」「二太がやった」「三太がやった」
「ダメだよー。それじゃあ」
とスズメが立ち上がり、子供達へ小言を言いに行く。こう見ると我が邪悪なる娘も一端の母親のようである。
洗面所の方ではスズメにブツクサ言われながら、孫たちがキャッキャッと騒ぎ回っている。本当に元気のいい子たちだ。
「みんな、こっちへ来なさい。お爺ちゃんとお話をしよう」
ひと段落ついただろうというところでジローくんがみんなを私の元へ集めようとする。しかしまだ小言を続けているスズメ。孫たちとの会話が洗面所の方から聞こえる。
会話の内容は、手を洗ったのか。うがいをしたのか。それだけなのだが、あの年齢の子には一つのことを躾けるのも一苦労だ。私は抱いていた怒りの感情も忘れて娘の気苦労を慮り、いま洗面所で繰り広げられているだろう娘と孫たちのやり取りを思い浮かべて心の中でヤキモキしてしまう。
この家に住居を移し出産してからは娘夫婦は共働きで家を出ていたので、その間の孫の世話は保育所代わりにすべて私が受け持っていた。その私から言わせてもらえば、ヤレヤレ娘は手際が悪い。
ようやく手を洗い終えたのか洗面所から追い立てられ、騒がしくしながら居間の隣室にある私の部屋へと孫たちが集まって来る。
妻には先立たれているので、これで家族全員が勢揃いした事になる。
「ただいま!」
「ジジい、まだ寝てんのか!」
「サッカーやろうぜ!サッカー!」
子供たちに「おかえり」と優しげに声をかけると、ジローくんは今すぐにでも走って何処かへ飛んで行きかねないワンパク小僧どもを無理矢理、わたしの寝床の前に座らせる。
スズメは座らせてもすぐに立ち上がって騒ごうとする孫たちを背後から押さえつけるのに悪戦苦闘しているようだった。
「もう、アンタたち。ちょっとは、ジッとしてなさいよ。ほんと、言うこと聞かないんだから〜」
「コラ、帰ってきたらお爺ちゃんに挨拶だろう。‥‥それに今日は外(に行くのは)はダメだ。とにかくそこへ座りなさい」
スズメが言うよりも、ジローくんが言った方がどうやら効果あるようだ。孫たちはようやく大人しく座り出す。状況の分からない孫たちにとって、動くな、外へ行くな、は理不尽極まりない命令かもしれない。
私が元気な頃であれば、「子供はわんぱくな方がいいんだ。ジジイなんぞ気にするな。こんなもん寝とけば治る。お前らは外へ行け」と、しっしっとやっていた事だろう。
だが今は、遊びたい盛りの孫たちには可哀想だが、ジロー君の言葉に甘えたかった。私もずいぶんと弱ってしまったらしい。この時だけは、どうしても娘や孫たちの温もりが恋しくて側にいてほしかった。
私に残されているものはもう微力のようだ。これが家族との最後の時間になるだろう。
私は残された力を使って薄目を開けた。愛しい私の家族を、別れる前に目に焼き付ける事にしたのだ。
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