第24話 廃村の罠 2
森の切れ目から500mほど前方に比較的大きな村があった。複数の民家に納屋、小さな学校などなど、ごくありふれた建物が密集している光景が広がっている。
村を挟んでさらに1kmほど先には改めて森が広がっており、これが平時であれば“森に囲まれた小さな村”という、ファンタジー小説の作者のインスピレーションを掻き立てそうな光景だ。
その一帯の様子を森の中から窺っている集団があった。この場に到着してからかれこれ一時間。歩兵たちも、戦車も、ハーフトラック型の装甲車も、全てが静かに森の中に静かに潜伏している。
まずは第502特務戦車大隊第4中隊のティーガーが3両とⅢ号戦車が4両。ハーフトラック・Sd.Kfz.251/3と輸送トラックはこの場にはいない。林内の少し離れたところに完全に隠れているのだ。
他には、この行軍で合流した歩兵が迫撃砲隊も含めて約60人。さらに歩兵中隊直轄の増援としてやってきたⅣ号戦車H型が4両。
Ⅳ号戦車H型は、かつてヴォルフが乗っていたG型の更なる改修モデルで、主砲は同じ長砲身仕様。車体正面の装甲が多少ながら増圧され、側面および砲塔の周囲にもシュルツェンと呼ばれる榴弾・対戦車ライフル対策の鉄板を装備したことで防御力を強化したものだ。
他にも細かな改修が為されてはいるものの、最も被弾しやすい砲塔の正面における防御力に相変わらず穴があったり、重量バランスゆえにもはや強化の限界が見えていた。
攻撃力はともかく防御力において劣るため、正面戦闘では敵国の戦車に対し不利なのは否めない、というのが概ねの総評だろう。それでも帝国軍にとっては数を埋める上での大切な戦車だ。
彼らは仲間と合流するためにここに来たはずだった。先に先行していた歩兵30人が眼前の村を占領しているはずなのだ。退屈な行軍は終わりを告げ、合流した仲間と互いの無事を喜び、そして明日からのさらなる行軍に備えて準備を整え、そして英気を養う。そういう予定だったはずだ。
にもかかわらず、彼らはまるで森の中から動こうとしない。ただ静かに息をひそめ続けている。
潜伏している森と村の高低差は、若干森の方が高い程度でしかないので村を見下ろして全域を確認することは不可能だ。森と村の間500mは起伏らしい起伏や植生がない―――つまり、戦車は身を隠せる場所はなく、歩兵も地面の僅かな起伏に伏せて隠れる程度しかできないだろう。
村の形状は上空から見下ろした場合、森に対して縦長ぎみに建物がほぼ不規則かつ密集して並んでおり、木があちこちに複数生えているせいで戦車が快適に走るには十分な場所が少ない。せいぜい2両がどうにか並んで通ることができるかどうか、というくらいの道や間隔がほとんどだ。ほとんどの建物は一階建て。民家だけでなく家畜を買うための納屋や物置らしき小屋の類もあるが、二階建ての建物は一軒もなかった。
集落を挟んだ右斜め前方には広大な森。潜伏してる場所から見れば遠めに見て1㎞程度か。あちらの森も集落とは若干高低差があり、森の方が高めだ。
そんな重苦しい沈黙の雰囲気の中で、1両のⅢ号戦車の元へと、ヴォルフが徒歩で駆け寄った。
「中隊長、来ました」
「うむ」
戦車によじ登ってくるヴォルフに対し、ヴァルター大尉は車長用のハッチから上半身を出し、ハッチの淵に手をついて考える所作をしていた。その反対側には、歩兵小隊長とⅣ号戦車隊の小隊長の姿がある。
「ちょうど今、二人とも話していたところだが……どう思う、クラナッハ少尉」
「どう、とは?」
「集落の様子だ」
改めて双眼鏡を覗くヴァルター大尉につられるように、ヴォルフも双眼鏡を覗き、改めて集落を一瞥してから率直な感想を呟くように言う。
「……静かすぎる、ですか?」
「そうだ。まるで人っ子一人いないかのように静まり返っている。いくらなんでもおかしい」
「村の中の様子は?」
「構造的に外からではよくわからん。中に潜り込ませようかとも思ったが、そうなると夜まで待たねばなるまい。村まで隠れるものが何もない以上、今行かせても死ぬだけだ」
「しかし夜まで待っていると、今度はこっちが奇襲されかねない?」
「そうだ。それに今回の行軍にはそこまでのんびりしていられるほどの時間の余裕はない」
ヴォルフに同意しながら、ヴァルター大尉は歩兵小隊長たちに向き直る。
「不用意にのこのこ出ていくのは危険だと思う。そちらはどう思われる?」
「私も同意見です。森沿いに斥候を出したが、やはり人の気配がないらしい。それに一昨日の夕方から定時連絡が途絶え、ここに到着してからもずっと呼び掛けていますが、無線に応答が全くない。いくらなんでも奇妙だ」
「俺も同意見です。警戒しながら行くべきかと」
歩兵小隊長とⅣ号戦車小隊長が同意を示す。ヴァルター大尉は頷き、片肘をハッチに立てて少し考える様子を見せてから口を開く。
「怪しげな市街地だの集落だのは、本来は見張りだけ置いて無視して前進したいところだが……我々が素通りして、大隊主力に損害が出ては元も子もない。どのみちあそこには大隊本部が来る予定だったしな。あの村が敵に占拠されている事を前提として、攻撃を仕掛けるつもりで動くぞ」
言いながらヴァルター大尉は、戦車の天板の上に地図を広げた。小隊長たちがそれを覗き込む。
「村に入る以上は歩兵が主体となるだろう。だが、歩兵だけで出て行って機関銃に薙ぎ払われでもしたらかなわんな。戦車を前に出して敵を引き付ける。歩兵は散開して後ろからついて来てもらう……要するに、よくある陣地攻撃の布陣で接近するというのはどうだ?」
「そうしてくれるとありがたいですが、ティーガーを初手から前に出しますか? 不勉強で申し訳ありませんが、陣地攻撃等ではその方が妥当と聞いた覚えが」
歩兵小隊長が問いかけると、Ⅳ号戦車小隊長が首を横に振った。
「いや、ここは我々Ⅳ号戦車隊が出ましょう。確かにティーガーの装甲は頼りになりますが、村の中に突入ともなれば小回りの利くⅣ号を主力とした方がいいでしょう。それに遠距離から撃つならティーガーの方がより強力だ」
本来、ティーガーは敵の陣地を強行突破するためにその重装甲を与えられた戦車だ。ゆえに確かに村まで突っ込む分には役目が果たせるだろう。何を食らってもヒヤヒヤしなければならないⅣ号戦車とは訳が違う。
だが、その小回りが利くとは言い難い巨体と長い砲身、早いとは言えない砲塔旋回速度は、市街地戦でのインファイトにはあまり向かない。敵の有効射程外から一方的に敵を粉砕できる主砲の攻撃性能も、交戦距離が短くなるような場所では敵に付け入る隙を与えかねない。Ⅳ号戦車小隊長はそのことを懸念しているのだ。
「しかし小隊長、ティーガーであれば万が一撃たれても多少のことなら―――」
「クラナッハ少尉。貴方方が本領を発揮するのは、この廃村から緑の丘に至るまでの敵の排除のはずだ。ここは俺達に華を持たせてくれよ」
明日以降に始まるはずの行進は、ここに至るまでの戦闘一切なしの平和な行進とは訳が違う。
陣地の防御を強化する余裕を少しでも稼ぐべく、敵がこちらの前進を遅らせようとあの手この手で待ち構えている中、こちらは少しでも早く敵陣地に辿り着いてその時間の猶予を潰さなければならないのだ。要するに不意討ちを食らう可能性が跳ね上がるのである。
万が一貴重なティーガーがこんなところで消耗してしまったら、今後の作戦での悪影響は避けられない。
"機動力を発揮せよ、いち早く敵陣地に辿り着け"と聞くと、どうしても単なる車両の最高速度だけを見てしまいがちだが、それでは真に"機動"という物を理解しているとは言い難い。
敵の抵抗に対して圧倒的火力で敵を薙ぎ払いながら、或いは強烈な装甲で敵の攻撃をものともせず突き進むというのも、立派な機動力の発揮なのだ。
どんなに足が速かろうが、"敵の攻撃に耐えられないのでそもそも身動き取れません"という状況では、機動力の発揮などできるわけが無いのである。
「ティーガーを出せば結果的にⅣ号戦車の損害を抑えることは可能かもしれないが…確かに本格的な戦闘を予期すべきは明日以降の任務だ。ここでいきなりティーガーを失う危険は、少しでも避けたほうが良いのでは?」
歩兵小隊長が同意を示した。
「それならこちらもⅢ号戦車は出そう。どの道、ティーガーどころかⅣ号にすら及ばない豆鉄砲だ。遠距離から撃ったところで、T-34でも出てこようものなら大して効果は見込めない」
Ⅲ号戦車は第二次世界大戦当初にこそ活躍できたものの、残念ながらすでに時代遅れの戦車といっても過言ではない。攻撃力、防御力、機動力、その全てにおいてT-34には劣り、長砲身のより強力な戦車砲搭載によって攻撃力は十分なものとなったⅣ号戦車と比べてもあまりに非力だ。
万が一KV-1でも出てこようものなら、いよいよもってどうしようもなくなる。そんな貧弱戦車で後ろの方でウロチョロするぐらいなら、大人しく接近戦になりがちな村の中に突っ込んだほうがまだ役目があるだろう。
「決まりですね」
歩兵小隊長の言葉に指揮官たちは頷いた。
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