第一章 戦乙女と共に
第6話 着任と再会 1
12月上旬某日。雪景色の中停車した汽車の客室のドアが開き、軍服姿の男たちが降りてくる。帝国国防軍、同じ国防軍でも他とは違う灰色の軍服を纏う砲兵などなど、それぞれの所属の軍服を身に纏った彼らを出迎えるのも同様の軍服姿の男たちだ。
ある者たちは久々の再会を喜ぶように、ある者は新たにやってきた新参者を出迎える形であいさつを交わしている。
そんな中に、帝国国防軍戦車兵ヴォルフ・クラナッハ少尉の姿もあった。
戦車兵しか着用を許されぬ、赤の縁取りがなされた漆黒の軍服。額から撫でつけた黒髪の頭にはクラッシュキャップを被り、左手には大きな旅行鞄。戦車兵としてはさほど珍しくない若干低めの身長と、どちらかと言えば痩せている体つき。不細工と言う訳ではないが、かといって美貌の貴公子と言う訳でもない、親切そうなどこにでもいる若者と言った感じの顔立ち。
そんな彼は、旅行鞄を一度地面に置くと改めて周囲を———まだ薄暗い中を明かりで照らし出された周辺を見回す。
「ん…寒いな…」
分かってはいたが、身を刺すような寒さとはまさにこのこと。吐いた息は真っ白で、そのまま雪になって地面に落ちるんじゃないかとすら思う。
―――まさか、間違えてはないよな?
氷柱がぶら下がっている駅の看板を見やる。全く同名の駅があり、更に自分が汽車を乗り違えてなければこの駅で間違いないはず。
「……さて」
とりあえず旅行鞄を手に歩き出す。事前にもらった手紙によれば、これから配属される部隊から出迎えが来ているはずなのだが……
戦車兵の軍服姿は他の兵士とは違うが、なにぶん最前線勤務の兵員たちは迷彩効果を重視して白の防寒着等を着ている可能性がある。となれば、向こうの方が先にヴォルフを見つける可能性が高い。
あちこちフラフラ歩いて、着任早々に迷子になるのは避けたいが、果たして……
「あー、クラナッハ少尉、ヴォルフ・クラナッハ少尉はいらっしゃいますか? 502特務戦車大隊に配属されたヴォルフ・クラナッハ少尉~」
自身を探す若者の声が聞こえ、人混みを抜けてそちらの方に行ってみれば、戦車兵の黒い軍服姿の二人の人物が立っていた。こちらが探しやすいように、わざわざその恰好を選んでくれたのだろうか。
ヴォルフを探す声をあげているのは少し背が高く、人懐っこい陽気な若者といった風貌の金髪の青年。階級は軍曹だ。
もう片方は落ち着きなくきょろきょろしている少し気弱そうな雰囲気の小柄な青年。こちらは伍長の階級章をつけている。
「なあ、もしかして時間間違えたかな?」
不安そうに忙しなく周囲を見回す伍長に対し、軍曹は懐からメモを取り出して見やる。
「いや、そんなことはねえだろ。この汽車であってるはずだ。もっとどっしり構えてろよ」
「でも、もし間違ってたらどうしよう? 一人寂しく寒さに震えて待たせたりしたら、やっぱり怒鳴り散らされたりしないかな?」
「そういう時はな、怒鳴り声を右耳で聞いて左耳から外に出すのさ。それで大体のことは解決するぜ」
肩を竦める軍曹だが、伍長はそれをジト目で見てから溜息を深々と吐いた。
「君はいっつもそれだな。この前の深夜、みんなで酒飲んでどんちゃん騒ぎ、しまいにゃ大合唱までして、レーヴェ上級曹長がブチ切れた時もそうだった。堂々とあくびしてロンベルク上級曹長ともども張り倒されたのを忘れてないよ?」
「ああ、ありゃあきつい一発だったな。414号車の連中がうらやましそうにこっち見てたのは正直ドン引きだったが……お?」
金髪の青年軍曹と、もしやと思いそちらの方に歩み寄っていたヴォルフの目が合う。
あちらもヴォルフが戦車兵の格好をしていることや、階級章が少尉であることに気づいてくれたらしい。金髪の青年軍曹がこちらに向かって歩き出し、気弱そうな青年伍長もそれに続く。
やがて両者の距離が手を伸ばせば届く距離になった時、喧騒に負けない少し大きめの声で軍曹がヴォルフに問いかけてきた。
「もしかして、ヴォルフ・クラナッハ少尉ですかね?」
「そうだ、出迎えありがとう」
「おお、良かった!! ほら見ろよヴァイスマン、ちゃんと会えただろ? おっと失礼、まずは戦場へようこそ!! 俺はギュンター・ディットリヒ軍曹、小隊長車の操縦手やってます」
にこやかな表情及びマシンガントークとともに、青年軍曹は皮手袋を外しつつ手を差し出してきた。
―――小隊長車の操縦手……ということは、俺の直接の部下の一人になるわけか。
差し出された手を握り返して握手を交わしつつ、人当たりの良い笑顔に対してこちらも笑いかける。
「よろしく、ディットリヒ軍曹」
金髪の青年ディットリヒ軍曹は頷くと、小柄な青年の肩に手を置きながら、
「そしてこっちの肝とタマが小さそうなやつはヨハネス・ヴァイスマン」
「肝はともかく、タマは余計だ―――ヨハネス・ヴァイスマン伍長です。ポジションは小隊長車の装填手。あ、荷物お持ちしますね」
続いて握手を交わしたヴァイスマン伍長が旅行鞄に目をやって気を利かせてくれる。
「いや、これくらいはいいよ」
「いえいえ、少尉殿の荷物を持たせっぱなしとあっては、俺が叱られちゃいますよ。ここは是非」
「そういうことなら」
ヴァイスマンに荷物を預ける。小柄ながら結構な量を詰めてあるトランクを軽々と受け取る辺りは、さすが装填手といったところか。ヴォルフも元装填手ではあるが、士官学校に入っている間は体を動かすより座学の方が多かったため、すっかりなまってしまっているというのが正直なところだ。まあ、前線で勤務していればすぐに元に戻りそうなのは、果たして喜ぶべきか悲しむべきか微妙なところではあるが。
「ではムッシュ、お車のほうへ」
ホテルマンの様な仕草でおどけて見せるディットリヒがあまりに様になっていてヴォルフは笑い、出迎えの二人も自然な笑みを浮かべて歩き出した。
「部隊の駐屯場所は遠いのか? 現在廃村を拠点にしていると聞いているんだが」
「車で4時間ってとこですね。今は朝の7時なんで、昼飯には間に合いますよ」
「ということは、朝早くから待っていてくれたのか? すまないな」
単純計算で朝の3時くらいから出立したのだとすれば、必要なこととはいえちょっと申し訳なくなる。
だが、ディットリヒは軽く肩をすくめて見せた。
「なあに、新任小隊長の為ならお安い御用……ってのもないわけではないんですけどね。ちょっと今、うちの中隊は戦車が絶賛修理祭りでして。日々の簡単な整備以外は業務がないんですよ。昨日の時点で近くの町に来てたんで、特に問題はありませんよ」
「とか何とか言って、昨日の間に町で何人女の子ナンパしてたんだよ、パスタ野郎じゃあるまいし。というか、あれだけ立て続けにお断りされて、よく諦めずに次々声をかけられるね」
停車しているキューベルワーゲン―――帝国軍御用達、オープントップの軍用小型車の元へと辿り着き、荷物を積み込みながらヴァイスマンが呆れたように言った。
「ロンベルク上級曹長だって、11人にアプローチかけて全部玉砕したんだぜ? その敵討ち、俺がやらずして誰がやるよ」
鼻を鳴らしてふんぞり返るディットリヒ。ヴァイスマンは”ダメだこりゃ”と首を振りながらヴォルフに向き直った。
「で、めでたく12人に袖にされて、宿泊所で昨夜延々と酒に溺れていた、と。小隊長、気を付けてくださいね? こんなのの影響受けて、軽い男になっちゃだめですよ?」
「そうだな。小隊長らしく、規範を示して気を付けよう」
後部座席に座るよう促すヴァイスマンの一言に苦笑しながら、ヴォルフはキューベルワーゲンの座席へと腰かける。ヴァイスマンが前の助手席に座り、すでに運転席へと座っていたディットリヒがエンジンを回した。
「さぁて、お二人とも忘れ物は? 大丈夫? よし、それでは、我らがオンボロ村へとごあんなーい」
ディットリヒの手馴れたクラッチ操作とともに、3人を乗せたキューベルワーゲンがまだ薄暗い闇の中を走り出した。
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