第1話 むちむちぼでぃ

 

-----



 んぁ……あ?なんだこれ。


 体が重い。

 いや、動かない。

 腕も足も、まるで自分のものじゃないみたいだ。


 視界を開こうとしてみても、ぼやけている。

 何もかもが霞んでいて、焦点が合わない。

 どうなってんだ?


 金色の髪を持つ女性が俺を心配そうに覗き込んでいる。


 胸がめっちゃでかい。

 え?なんか抱きついてきた。いい匂いする。

 くんかくんか。デュフフオウフフォカヌポウ。

 

 違う違う、そんなこと考えてる場合じゃない。


「------?」


 何言ってんだこいつ。日本語喋れや。


「---!」


 男が勢いよくドアを開けて部屋に入ってきた。

 相当息を切らしていて、とても急いできたようだ。

 髪は女と同じ金髪をしていて、丸眼鏡をかけている。

 この男も心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

 

 こっちはイケメンだな。

 しかもムキムキ。俺が嫌いなタイプだ。


 ……あれ?俺、銃で頭ぶち抜かれたよな?なんで生きてるんだ?


「------」


「ーーー?」


 ……なんか喋ってるなぁ。

 何も理解できんが、とりあえずここが何処なのか知りたい。


 蝋燭があるし、病院ってわけでもなさそうだ。

 英語は苦手だけど、聞いてみるか。


「あ……うぁ……」


 え?なんでだ?唸り声みたいなのしか出ない。

 しかもめちゃくちゃ声が高い。


 まさか……頭を打たれて奇跡的に助かったけど、全身麻痺とかになったのか?

 急に怖くなってきた。


 もう二度と体が動かなくて、喋ることもできなかったら……


 そんなの絶対にいやだ。

 もう一回、体を動かしてみよう。


 おっ……さっきよりは動くな。

 ちょっと安心。

 だんだんはっきりしてきた。


 視界に、手が映った。

 

 え……待ってくれ、なんでこんなに手が小さいんだ。


 体の方に目をやった。


 むちむちぼでぃだ……もしかして、俺……


 すると、男に軽々と抱き上げられた。

 その瞬間、自分が赤ん坊になっている事をはっきりと自覚した。


 うわ、俺、赤ちゃんじゃん。

 えっなんで?どう言う事だ?


 とりあえず女性の胸を揉んでみる。

 女性はただ笑っているだけだ。

 

 おぱーいを揉んでも怒られない。

 最高かよ。


 でも、一体どういうことだ?

 

 もしかして転生したとか?


 ……いや、ない。


 あそうか!夢だ!

 うん!そんなことあるわけない。現実では奇跡的に助かって寝てるんだろ。


 ていうかすげー眠い。

 ここは流れに身を任せて寝よう。

 どうせ起きたら全部元通りだ。

 

 ぐっばい。美人で巨乳のひと。

 現実でも隣で寝ててね。


 そうして俺は女の胸に顔を埋めて、眠りについた。




 -----




 本当に転生してた。


 あれから半年が経過して、最近ようやくその事実が飲み込めた。

 

 目が覚めて最初に見た二人が俺の両親らしい。


 どっちも若いな。

 二十代くらいだろうか。

 こんな歳からハッスルしてるなんて、羨ましい限りだ。


 言語や服装が全く違うことから、ここは日本ではないと思われる。


 そうだな……ヨーロッパとか?歴史の教科書で見たことある。


 そして、この家はあまり裕福ではないのだろう。

 家具がほぼ木製だったり、蝋燭やカンテラが光源として使われている。

 家電製品なんて一つもない。


 どうやらかなり不便な家に転生してしまったようだ。

 転生と言ったら前世の記憶を生かして無双するのがセオリーってもんだろ。

 これじゃあ何もできないぞ。


 しかも、始めて母親をみた時はめっちゃ美人だと思って興奮していたのに、今は何も感じなくなってしまった。


 母乳を吸っても俺のエクスカリバー……いや、えんぴつは全く反応を示さない。

 体が赤ん坊であるせいなのか血が繋がっているからなのか……


 まあそれはいいとして、何もせずにダラダラ寝てるだけは勿体無い。

 何かしなければ。


 赤ん坊の体でできる事……うーん、かなり限られてくるな。

 どうしようか。


 ……そうだ! 言語の習得を目標にしよう。

 言葉がわからなかったら何も始まらないしな。


 我ながら素晴らしい案だ。

 惚れ惚れする。


 ……それはそうと、俺前世では英語苦手だったんだよなぁ。不安だ。




 -----




 一歳になった。


 言葉は完璧に聞き取れるようになった。

 自分でも驚くほどの学習能力だ。


 この体は物覚えがすごくいいのと、ニュアンスが日本語とかなり似ているので、すぐに理解する事ができた。


 覚えたところで喋りはしないがな。

 この歳で流暢に喋り始めたら変な子扱いされるかもしれん。


 試しに「ま……ま……」とか言ってみたら「キャー! あなた! ハリーが喋ったわ!」とか喜んでた。

 へっ、ちょろいもんだぜ。


 しかも、はいはいも出来るようになった。

 自分の意思で移動できるというのはかなり便利だ。


 この家を這いずり回り、構造を大体把握する事ができた。


 この家はニ階建ての木造建築で、部屋数もかなりある。まあまあでかい。

 机によじ登り、窓から外の風景とかみてみたんだが、予想通りのかなり田舎だった。

 畑が見渡す限り広がっており、家がぽつぽつと数軒建っているようだ。


 ……思った事がある。


 絶対暇。


 今は学ぶことや、する事が幾つもあるし、この体だとすぐに眠くなるから大丈夫だが、成長していくにつれ暇になっていくだろう。


 おいおいせっかく転生したってのに何も残せず死にたくない。

 一生畑を耕して終わるなんて絶対にやだ。


 次の日、そんな心配は杞憂に終わることとなった。




 -----




 今朝、母がどこかへ行ってしまった。

 今までは働いている素振りなんて見せなかったのに、急にだ。


 恐らく、今までは育休をとっていて、俺が大人しいのをいい事に早くも働いているのだ。

 もうちょっと構ってくれてもいいんじゃないか?


 そう思いながらも、暇になったんで、外の風景を眺める事にした。


 可愛い女の子とかいないかなぁ。

 もしいたら、お近づきになりたい。

 俺も二十代くらいでずっこんばっこんしたいなぁ。


 なんて馬鹿みたいな妄想をしてた。いや、元から馬鹿だが。


 ふと、空を見上げてみると━━


 ん?なんだあれ?

 何か飛んでるな。

 飛行機……ではない。まるで生き物のようだ。


 ……ちょっと待て。

 あれ、どんどんこっちにきてないか?


 まずい、ここに向かっている。

 あんな物が落ちてきたらこの家はひとたまりもないぞ。


 どうしよう。父は……いやだめだ。一階にいる。ハイハイじゃ絶対に間に合わない。


 転生先でも死ぬなんてごめんだ。

 でも、できる事がない。


 色々考えていたが、どんどん近づいてくる。


 やばいやばい。すぐそこじゃねえか。

 どうすればいいんだ。


 ……ちょっと待て、あれドラゴンじゃないか?

 いや、隠語とかそういうんじゃなくてアニメとかでよくみるガチのやつ。


 でっかいトカゲに羽と角を生やしたような見た目をしていて、全身がエメラルドグリーンをした鱗で覆われている。


 最初はドラゴンのデザインをした、ロボットか何かだと思ったがそんなわけない。第一に、この村にそんな技術力はない。


 次の瞬間、家が大きく揺れ、低い音が辺りに響いていた。

 この家に突っ込んでくる、なんてことは起きなかった。

 だが、最悪には変わりない。

 ドラゴンが家の目の前に着地したのだ。


 気づいたら目の前まで来ていた。

 猫のような鋭い眼光で窓を覗き込んでいる。

 バッチリ目が合ってしまった。


 あ、これもう死んだわ。絶対、食われるやつだ。


 俺はそのまま恐怖で気を失った。


 ちょっと漏れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る