閣下と狩猟笛――3乙から始まるハンター道
魔人むにまい
閣下と狩猟笛――3乙から始まるハンター道
「モンハンってのはハットトリックかますゲームなんだよなぁ!」
俺は冗談めかしてそう言った。仲間たちは笑い声を上げながら、「むにさん、それ自分で言っちゃダメでしょ!」とツッコミを入れる。ハットトリック――つまり、狩りの最中に3回力尽きてしまうことを意味するこの言葉は、通称「3乙」とも呼ばれる。普通のハンターにとって、それは屈辱であり、絶対に避けるべき事態だ。けれど俺にとっては、どこか愛着のある失敗だった。
もちろん、冗談を飛ばしている余裕なんて本当はない。3乙してクエストが失敗すれば、仲間たちの努力が無駄になる。それでも、俺がこの言葉を免罪符のように使っていることを、付き合いの長い仲間たちは知っている。それに、誰も俺を責めたりはしない。それどころか「むにさんは、むにさんらしく楽しめばいい」と、笑顔でそう言ってくれる。そんな仲間たちの優しさが、いつも俺を救ってくれるのだ。
剣士やガンナーが最前線でモンスターに挑む中、俺は後方に陣取り、狩猟笛の音色を戦場に響き渡らせる。その旋律は、仲間たちに力を与え、疲れを癒やしてくれる。俺はいつも、そんな役割だ。最前線に立つ度胸も、的確なタイミングで攻撃を繰り出す腕前もない。ただ、この笛だけはずっと手放さなかった。
狩猟笛を使い始めたきっかけは簡単だ。他の武器種と違い、仲間を強化したり回復したりできる性能が魅力的だった。直接的な攻撃ではなく、チームを支える役割が俺の性格に合っていたのだ。何より、「狩りの世界に貢献する」という独特の満足感があった。
最初に狩猟笛を手にしたのは、PSP版『モンスターハンター ポータブル』を始めた頃のことだった。当時はまだ大剣や双剣、片手剣が主流で、狩猟笛を選ぶプレイヤーはほとんどいなかった。俺も例外ではなく、初めは双剣を使っていたのだが、どうしても上手くモンスターに攻撃を当てられず、仲間たちに遅れを取っていた。
そんなある日、偶然にも狩猟笛を手に取る機会があった。試しに使ってみたところ、モンスターに攻撃が当たらなくても音色が仲間に効果を与えるという事実に衝撃を受けたのを今でも覚えている。俺にとってそれは革命的な体験だった。「攻撃が当たらなくても役立てる」――これこそ俺が求めていた狩りの形だと感じた。
狩猟笛を構え、旋律を奏でるたびに、仲間たちが少しずつ力を取り戻していく。その瞬間、自分がチームの一員として役に立っているという実感が湧く。動きはもっさりしていて派手さに欠けるが、それでも狩猟笛には他の武器種にはない特別な魅力があった。
もう一つ、狩猟笛を愛する理由がある。それは、俺が長年愛してやまない聖飢魔Ⅱの存在だ。
聖飢魔Ⅱとの出会いは小学生時代に遡る。ある日、自宅で流れていたテレビ番組で聖飢魔Ⅱが登場していた。独特な悪魔の姿で歌うデーモン閣下のカリスマ性は、小学生だった俺の心を一瞬で掴んだ。それからというもの、俺は彼らの音楽に夢中になり、聖飢魔Ⅱの筆箱を買ったり、曲の歌詞を暗記するほど聴き込んだりするようになった。
中学生になる頃には、地元のレコード店で聖飢魔Ⅱの大経典(CDアルバム)を買い集めていた。家に帰ると、歌詞カードを読みながらヘッドフォンで彼らの曲を聴くのが日課になった。その一方で、閣下の知性やユーモアに憧れを抱き、自分もいつかあのような存在になりたいと思ったものだ。
初めて大黒ミサ(ライブ)に参加したのは、高校生のときだった。参拝券(チケット)を手に入れるため、夜遅くから並び、友人と一緒に参加したそのミサでは、観客が一体となって悪魔の世界を楽しむ光景に圧倒された。あの日の興奮は、今でも鮮明に覚えている。
その後も、大学時代や社会人になってからも聖飢魔Ⅱへの愛は冷めることがなかった。俺の部屋には、構成員の直筆サイン入りアイテムや、限定グッズ、ミサ会場で手に入れた品々が所狭しと並んでいる。そのコレクションを見れば、俺がどれほど彼らの信者(ファン)であるかが一目で分かるだろう。
そんな俺がモンハンと出会ったのは、社会人になってからのことだ。PSPで発売された『モンスターハンター ポータブル』がきっかけだった。
当時、同僚が職場で話題にしていたのを耳にしたのが始まりだった。「これ、すごく面白いゲームなんだよ」と勧められ、俺も興味本位で手に取った。その頃はまだオンラインゲームという概念が浸透しておらず、友人たちと顔を突き合わせながら遊ぶのが主流だった。
最初は操作に戸惑い、モンスターの攻撃に翻弄されてばかりだった。特に「ドスランポス」の群れに囲まれ、あっという間に力尽きたときには、「俺には向いてないかも」と思ったものだ。しかし、狩猟笛という武器に出会い、仲間たちの支援役として狩りに参加するようになってからは、モンハンの楽しさにどっぷりとハマっていった。
ある日、友人たちと家に集まり、夜通しで狩りをしたことがある。そのとき初めて倒した大型モンスターの感動は今でも忘れられない。みんなで喜び合いながら、「次はもっと強いモンスターに挑もう!」と盛り上がったあの瞬間こそ、俺がモンハンに魅了された理由の一つだ。
さらに、俺がモンハンに深くハマるきっかけとなったのは、聖飢魔Ⅱが結びつけた仲間たちの存在だった。
彼らとの出会いは、聖飢魔Ⅱのミサ会場だった。ある日、偶然隣り合わせた人物と意気投合し、聖飢魔Ⅱについて語り合ううちに、「モンハンって知ってる?」と尋ねられた。「もう、やってるよ!」と答えた俺たちは、その場で連絡先を交換し、後日一緒に狩猟をすることになった。
彼らとの狩りは、まさに新しい世界の扉を開けた瞬間だった。聖飢魔Ⅱの曲をBGM代わりに、モンスターと戦う。その独特な雰囲気と、一体感は他では味わえないものだった。初めて一緒に大物モンスターを討伐したときの達成感は、まさにミサの高揚感に通じるものがあった。
閣下風のキャラクターでオンラインに挑んだとき、仲間たちの反応は予想以上に良かった。「むにさん、もろに閣下じゃないっすか!」と笑いながら言われた瞬間、内心嬉しくてたまらなかった。俺が長年作り上げてきた「閣下愛」が形になり、仲間たちに受け入れられたことは、ゲームを超えた喜びを感じさせてくれる瞬間だった。
閣下風のキャラクターを本格的に作れるようになったのは、『モンスターハンター ワールド』のキャラクタークリエイトがきっかけだった。それまでのシリーズでは、キャラメイクの自由度が低く、肌の色や髪型を変更する程度のことしかできなかった。それでは閣下らしさを表現するのは無理だった。しかし、『ワールド』では、肌の色や顔の細かな形状、「悪魔メイク」まで自分の理想へと近づけられるようになった。その自由度を見た瞬間、俺の心は大きく高鳴った。「これなら、ついに本当に閣下をゲームの中で再現できる!」と確信し、ゲームを始める前からキャラクリ画面に没頭した。
まず最初に取り組んだのは肌の色だった。閣下といえば、悪魔的な白い肌が最大の特徴だ。それは単なるメイクではなく、閣下自身の「素顔」そのものである。そのため、普通の肌色では到底再現できない。キャラクリ画面で何度も試行錯誤を繰り返し、明るすぎると不自然になり、暗すぎると閣下らしさが損なわれる。最終的に、ゲーム内の光源でも自然に映える絶妙な白さを見つけ出すことができた。
次に挑んだのは目元のアイシャドウだ。横長で鋭い青いアイシャドウは、閣下の冷ややかな威厳と圧倒的な存在感を象徴するポイントだ。『ワールド』では似たようなアイシャドウを施し、色も細かく調整できたため、左右のバランスや色合いを何度も見直しながら少しずつ理想に近づけていった。この過程は非常に時間がかかったが、閣下の威厳を感じさせる仕上がりにできたときの満足感は格別だった。
そして唇だ。閣下の唇は黒くなっているが、特徴的なのはその厚さだ。唇全体が黒いのではなく、厚さの半分ほどまで黒いことで、顔全体が引き締まった印象を与えている。この再現には苦労した。ゲーム内のメイク設定では完全再現が難しかったが、唇の形状そのものを工夫し、黒い塗りを調整して「それっぽく見える」ようにした。完全に理想通りとはいかなかったが、それでも自分の中では満足のいく出来栄えだった。
さらに、閣下の顔には頬に入った灰色の陰影も欠かせないポイントだ。本来ならこれも再現したかったが、ゲーム内では三つ以上のメイクを適用することができなかったため断念せざるを得なかった。しかし、その代わりに頬をわずかにこけさせ、自然な陰影が出るように工夫した。これにより、完全な再現ではないものの、頬に灰色の雰囲気を感じさせるデザインに仕上げることができた。
最後に取り掛かったのは髪型だ。閣下の特徴的な逆立った髪型が理想だったが、当然ながらそんな髪型は用意されていない。そこで、金髪のオールバックを選んだ。ゲーム内で用意されている髪型の中では最も閣下に近い印象を持たせることができたし、金髪に設定することで華やかさと威厳を演出することもできた。「これこそデーモン閣下だ!」と自信を持って完成させた瞬間の達成感は、今でも忘れられない。
こうして完成したキャラクターは、あくまで「悪魔の閣下を模したメイク」であり、素顔の閣下そのものではない。それでも、その完成度の高さは、自分自身でも感嘆するほどだった。ゲームの中で動かすたびに、キャラクターに宿った閣下らしさを感じ、操作する手にも力が入るほどだった。
この閣下風キャラクターでモンスターに挑んだときの感動はひとしおだった。巨大なモンスターに立ち向かう姿は、まさに自分の理想を具現化したようだった。そして、オンラインの集会所でキャラクターを披露したとき、仲間たちの反応は最高だった。「むにさん、閣下そのものじゃん!」「再現度、すげぇ!」という言葉をもらい、俺の苦労は完全に報われた気がした。
この成功体験は、その後の『モンスターハンター ライズ』や最新作の『モンスターハンター ワイルズ』へと受け継がれた。『ライズ』では、和風テイストが強い世界観の中で、閣下の特徴をさらに細かく再現することに挑戦した。肌の質感や目元のメイクの細かさが向上したことで、閣下の威厳を一層引き立てることができた。仲間たちには「むにさん、また進化した閣下作ったの?」と笑われつつも、その完成度には驚かれた。
『ワイルズ』では、さらに進化したキャラメイクシステムが導入され、これまでのシリーズで妥協せざるを得なかった部分が、ついにほぼ再現可能になった。特にメイクの自由度が飛躍的に向上したことで、目元や唇のディテールをより細かく調整でき、閣下の威厳や存在感が格段に引き立つ仕上がりになった。ベータテストに参加した際には、時間をかけて作り上げたキャラクターで狩りに挑み、仲間たちから「むにさんの閣下、イケメンすぎない?」とからかわれたが、それが嬉しくて仕方がなかった。さらに、オンラインで初対面のプレイヤーから「閣下が笛吹いてるの、なんかツボるんだけど!」と笑われることも多く、そんなリアクションを受けるたびに「これだからキャラクリはやめられないんだ」と改めて実感した。
そんな閣下風キャラクターで挑む今日のターゲットは、シリーズの顔とも言える陸の女王リオレイアだった。モンスターハンターシリーズに登場するモンスターの中でも、リオレイアは初心者から熟練者まで多くのハンターにとっての壁となる存在だ。空を飛び、鋭い毒の尻尾で攻撃し、さらに火炎弾を放つ――その攻撃パターンは、多くのハンターに恐怖と緊張感を与えてきた。特に、怒り状態に移行した後の咆哮からの連続攻撃は、回避が難しく、無防備なハンターに容赦なく襲いかかる。
「むにさん、今日はハットトリック無しで頼むよ!」
仲間たちが軽口を叩きながら声をかけてくる。その言葉に、俺は狩猟笛を握りしめ、「今日は任せてくれ!」と力強く答えた。しかし、その裏では「頼むから死なないでくれよ」と自分自身に言い聞かせている。過去に何度も3乙して仲間たちの足を引っ張ってきたことを思い出し、今度こそ慎重に立ち回ろうと心に誓う。
クエストがスタートし、俺たちはそれぞれの役割を全うしながら戦場へと向かう。剣士たちはリオレイアの足元に飛び込み、その巨大な武器で攻撃を仕掛けていく。ガンナーは適正距離から弱点を正確に狙い、モンスターの注意を逸らしながら仲間を援護する。そして俺はというと、狩猟笛を構え、後方支援に徹することにした。
戦場に到着すると、リオレイアはすでに怒り状態に近い動きを見せていた。咆哮を上げて鋭い爪を振り回し、尾を大きく振りかざして攻撃を仕掛けてくる。その動きは速く、的確で、俺のような後方支援のハンターですら気を抜けない。だが、この状況でも俺の役割は明確だ。狩猟笛を構え、旋律を奏でること――それが俺の使命だ。
「よし、いくぞ……!」
笛の音色が響き渡ると同時に、仲間たちの攻撃力が上がり、スタミナの減少速度が緩和されていく。狩猟笛の真価は、こうした支援能力にある。攻撃そのものは派手ではないが、その旋律が仲間たちの動きを軽やかにし、彼らを後押しするのだ。この瞬間だけは、俺もチームの一員として戦っていると実感できる。
だが、その安堵も長くは続かなかった。リオレイアが大きく翼を広げ、咆哮を上げた次の瞬間、急激に動きが速くなった。怒り状態だ。剣士たちは懸命に攻撃を続け、ガンナーは絶妙なタイミングで射撃を行っている。一方、俺はというと、少し離れた位置から笛を構え続けていた。
「むにさん、もう少し近くで演奏してくれると助かるんだけどな!」
仲間の声が飛ぶ。俺は苦笑いを浮かべながら、「いや、ここがベストポジションだから!」と答えた。しかし、本音を言えば、リオレイアが怖くて近づけないのだ。あの咆哮や火炎弾を間近で見るたびに、足がすくむ感覚を覚える。自分の装備は防御に特化しているとはいえ、絶対的な安心感はどこにもない。
そして、予感は的中した。リオレイアが急旋回し、鋭い尾を振りかざして毒攻撃を繰り出してきたのだ。「しまった!」と思ったときには遅かった。尾の一撃を受け、俺の体力は大幅に削られ、さらに毒状態に陥った。画面の上部に表示される体力ゲージがじわじわと減っていく。すぐに解毒薬を使うべきだと分かっていたが、焦りのあまりポーチからこんがり肉を取り出してしまう始末。回復のタイミングを逃し、リオレイアの火炎弾で追い打ちをかけられ、あっという間に1乙目を迎えることになった。
「くそっ、やっぱり怖いな、リオレイア……」
キャンプに戻された俺は悔しさを滲ませながら呟く。アイテムポーチを再確認し、回復薬と解毒薬を補充して再び戦場へ向かう。しかし、戻る道のりは簡単ではなかった。地形が複雑で、モンスターの足跡を見失いそうになる。仲間たちが戦っている間に少しでも早く合流したいのに、焦りが空回りし、かえって遠回りをしてしまうこともある。
ようやく戦場に戻った頃には、仲間たちはリオレイアとの激しい攻防を続けていた。俺も急いで笛を構え、旋律を奏でる。だが、その直後、リオレイアの尻尾が大きく振り回され、俺に直撃。再び毒状態になり、体力が急激に減少していく。「次こそ解毒薬だ!」と必死にポーチを開き、今度は正確に解毒薬を使うことができた。しかし、体力を回復しきる前に再びリオレイアの突進を受け、2乙目が刻まれてしまった。
「むにさん、大丈夫! 焦らずいこう!」
仲間たちの声援が聞こえる。俺のミスでクエスト失敗に近づいていることへの罪悪感が膨らんでいく。それでも、「次こそは」と気持ちを切り替え、再び戦場に向かう。
三度目の挑戦では、少しでも慎重に立ち回ろうと心に決めた。だが、リオレイアの動きは予想以上に速く、そして鋭かった。再び空高く舞い上がり、不意打ちの火炎弾が俺を直撃する。演奏に集中していたため、動きに気づくのが一瞬遅れた。「……やっちまったか」と呟く間もなく、画面に映し出されたのは「クエストに失敗しました」の無情な文字。これで3乙――ハットトリック達成だ。
その瞬間、全員が一瞬黙り込んだ。しかし、次の瞬間には仲間たちの笑い声が響く。「むにさん、リベンジしよう! 次こそ倒そう!」
その言葉に、俺は胸が熱くなる。自分の失敗を笑い飛ばし、次の挑戦を促してくれる仲間たちの存在が、どれほどありがたいか。
「3乙してからがモンハンなんだよなぁ……」
気まずさを誤魔化すように呟いた俺に、仲間たちはまた大きな笑い声を上げた。
クエストは失敗に終わったが、俺にとってモンハンはそれだけではない。狩猟笛の音色と、仲間たちの優しさ――それが俺にとってのモンハンだ。次のクエストではまた違う展開が待っているかもしれない。それでも、閣下風のキャラクターと共に、自分なりの戦いを続けていく。それが俺のモンハンライフなのだ。
閣下と狩猟笛――3乙から始まるハンター道 魔人むにまい @munimarin
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