第17話 論功行賞
2階の扉の奥から放たれる凄まじい気配。
それは、ジルヴェスタのもので間違いない。
シュネル流は気配を完全に遮断する流派であるが、ジルヴェスタはそれを気配を出す時と出さない時に分けて完璧にコントロールしていたのだ。
味方を鼓舞する時や敵に圧をかけたいときは気配を強く出し、斬り掛かる瞬間のみ気配を完全に消す。
そのようなやり方でジルヴェスタは数多の戦場を蹂躙し続けてきた。
その圧倒的な存在感が、どんどんとこちらへ近付いてくる。
冒険者らは息をするのも忘れ、ただ一点、扉に視線を注ぐことしか出来なかった。
そしてその扉が、ドンと音を立てて勢いよく開かれる。
扉の先にいたのは大男。
勿論、ジルヴェスタ・ゴットフリードだ。
息を大きく吸い込んだジルヴェスタが口を開く。
「冒険者らよ!この度は大儀であったァ!」
その言葉に、湧き上がる冒険者たち。
静観してるのは、後ろにいるアルウィンらシュネル流騎士6名だけである。
しかし、静観すると言っても6人それぞれ、ジルヴェスタの言葉に湧き上がる感情を胸に抱いていたのは確かだった。
「それでは、此度の戦によって新たに取り決められた事項を発表する!」
副官ヴェンデルは、ジルヴェスタに紙を1枚差し出していた。
それを受け取ったジルヴェスタは、大きく息を吸い込んだ。
「1つッ!!
シャティヨン辺境伯家は取り潰しとなった!
ドママン・シャティヨンは禁固刑、そして奴の息子ヘルムートには騎士爵を与え、私の傘下に入れることとなったッ!!」
どわわっと巻き起こる歓声。
色々とちょっかいをかけてきていた隣の領主が居なくなり、もう既に最高潮に沸き立っていたのである。
「ってことは、旧シャティヨン領はどうなるんだ?領主様の支配地になるってことでいいのか?」
そう疑問を漏らすテオドールの声。
その言葉が聞こえていたのか、ニヤリと笑ったジルヴェスタは続けた。
「更に、シャティヨン領のイレアナ川西部の全てが私の領地となったッ!!これはシャティヨン辺境伯領の半分の面積を持つ土地であるッ!!
そして残りは王家直轄地となる予定だッ!」
更に湧き上がる歓声。
シャティヨン辺境伯領の中央にはイレアナ川が流れている。その西岸全てをジルヴェスタが治めることになったということは、ジルヴェスタの領地が1.7倍程度の大きさまで増えたことを示していた。
イレアナ川西岸地域には肥沃な穀倉地帯が広がっており、旧シャティヨン家の本拠地、ツァラストラがある。
その街ツァラストラの経済の発展度合いは今アルウィンらがいるブダルファルよりも上で、エヴィゲゥルド王国北東部の中心都市としての側面を持っている。
中心都市ということで勿論、交易の拠点としても重要な都市でもある。
「エヴィゲゥルド王国北部地域最大の大都市ツァラストラは私の領地となった!
私はツァラストラに館を移し、そこでこの領地を治めたいと思っている!」
今の町から更に大きな町を治める事になり、拠点を移すのは当然と言えば当然のことである。
経済を発展させて更に領地を繁栄させたいというジルヴェスタの望み。
その熱き、燃えるような情熱の先に何があるのかアルウィンらは知る由もない。
そして、ジルヴェスタは続ける。
「空いたこの街、ブダルファルは誰が治めるのか、その旨を伝える前に論功行賞に移りたいと思うッ!」
またしても上がる、うぉぉぉぉぉぉっ!!という叫び声。
「呼ばれた者は2階に上がって来るが良い、それでは始めるッ!!呼ぶのは2名だッ!!」
周囲は、誰が選ばれるのかとザワついていた。
そのザワつきが収まった瞬間に、ジルヴェスタは息を吸い込んで、言葉を放ったのである。
「先ずは1人目!その者は作戦に最年少ながら参加し、ヤノシック盗賊団騎馬隊隊長レフェリラウスを討ち取ったッ!!
アルウィン・ユスティニア!!ここへ来い!」
途端。
今までにない爆音が冒険者ギルドを、いや建物の外の外まで走り抜けていた。
「アルウィンって、あのガキだ!」
「いつか大手柄を挙げるとは思ってたが、まさかこんなに早いとは!」
「アルウィン…」
アルウィンの隣にいたエウセビウは、何故か羨望の眼差しを彼に向けていた。
アルウィンを知っている冒険者たちは、拳をぶつけ合って溢れる喜びを共有している。
ギルド職員らの何名かは感動の涙を浮かべ、2階へと歩むアルウィンを眺めていた。
かつてアルウィンに過保護だった受付嬢も、「成長したのね……」と言葉を漏らしている。
「アルウィンくん、跪いて」
アルウィンが2階に上がり、ジルヴェスタの前に着いたとき、こっそりとヴェンデルが耳打ちする。
「あぁ」
彼は言われるがまま跪き、ジルヴェスタを待った。
「アルウィン。貴様がレフェリラウスを誘い込み、討ち取っていなければ此度の戦の被害はもっと大きかっただろう。大手柄をこれからも期待しているぞ」
目線を上げたアルウィンに、ジルヴェスタはイタズラっぽく微笑んだ。そして、右手に握ったものをアルウィンの前でパッと開いたジルヴェスタ。
アルウィンが渡されたのは、懐中時計であった。
その途端、拍手喝采がギルドの建物を震わせる。
懐中時計は、大陸北部のからくり技術を応用して作られた、最先端の道具である。
貴族たちの中にも所持出来る者と出来ぬ者がいる、超高級品。
その価値はどんなに粗悪なものでも、100万ルピナスはするものである。
「これはアル坊に対する私からの評価だ。アル坊の未来はどうなるか誰にも解らないが、未来のシュネル流を担う男として精一杯剣を振れ」
アルウィンが階段を降りる時、静かに動いたジルヴェスタの口。
この言葉は、アルウィンと副官ヴェンデルにのみ聞こえていた。
「さて、次に2人目!この男が、この戦最大の功労者であるッ!冷静な判断のもと、首領ヤノシックを討ち倒し、迅速に討伐を終了させた!
テオドール・ヴィスマール!前へ!」
「お、俺?ルクサンドラやパムフィルじゃなくて!?」
素っ頓狂な声でそう叫び、驚いた顔を見せたテオドールに、周囲からは爆発に似た笑い声が沸き上がる。
「私はサポートに徹しただけよ。あなたの努力は認められるべきだわ」
そう言って、テオドールの背中を押し出したルクサンドラ。
テオドールは緊張で身体が強ばりそうになるのを精神力でグッと堪え、ジルヴェスタの前で跪いた。
「テオドール。貴様は実に素晴らしい働きをしてくれた。ヤノシックを討ったことを讃え、この街ブダルファルを貴様に授けるッ!!」
「「「え…………!?」」」
途端、静まり返るギルドの中。
しかしそれも束の間。
テオドールが困惑を隠せない中、しばらく後には雷が落ちたかのような拍手喝采がギルドを支配していた。
「テオドール、貴様は聡い。ツァラストラには負けじと、このブダルファルの地に大いに貢献してくれることを期待している」
ジルヴェスタがポンとテオドールの肩の上に手を乗せた。
テオドールは未だに夢見心地のようで、心ここに在らずという状況。
「先ずはブダルファルとツァラストラの間の道を舗装する作業に入るからな!2つの町の交易を活発にし、さらに軍事でも扱えるような道を作るッ!
覚悟しておけ!」
ジルヴェスタがそう言った時、テオドールは漸く現実に戻ってきたようであった。
そして、数秒考えた後。
頭を深く下げ、身を屈めるだけ屈め、口を動かした。
「この不肖テオドール、謹んで……お受けいたしますッ!!」
その言葉に、大歓声が飛び交った。
テオドール・ヴィスマール。
この男は、今は無き商家の後継者候補であった。
算術に優れ、経理もかなり得意だということをジルヴェスタは知っていたのである。
元々は、いずれジルヴェスタの息子、ルディガー・ゴットフリードの家庭教師も勤めていた勤勉なシュネル流剣士なのだ。
そんな経理の能力を持つ男が、空いたブダルファルの街に入れるとなれば願ったり叶ったりなのだ。
「この街を治める手腕、期待しているぞ」
そう言うジルヴェスタを背に、テオドールは誇らしそうな顔で階段を降りていっていた。
「我がゴットフリード家の繁栄の時代は、たった今始まったァ!
再度、ヤノシック盗賊団討伐に尽力してくれた貴殿らを称え、祝勝会を催す!
さァ、皆よ食え!今宵は潰れるがよい!」
ギルドに轟く、ジルヴェスタの大音声。
と同時に、ギルド職員がカートを押して、沢山の豪勢な料理が運び込まれてくる。
酒に潰れる冒険者らを横目に、アルウィンは満足いくまで肉に齧り付き、スープをたらふく腹に入れ、楽しい夜を過ごしていた。
───門限なんてとっくに過ぎているが、そんなの気にするものか。
気付けば宵の明星が空に光り、空は紅く染まりかけている頃となっていた。
朝の鳥がバサバサと羽音を立てて飛び立つ。
───明日はきっと、良い日になる。
とりあえず、今は楽しみ、叫ぼう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます