第5話 作戦
「それでは、本題に入らせてもらおう」
地図を指さすジルヴェスタに、皆の視線は合致する。
敵の拠点は山の中腹にある。そして周囲は森に囲まれていた。
敵の駒は赤、味方は青の色が塗られているようで判りやすい戦場の見取り図がそこにあった。
敵の数も流石は大盗賊団。1500人ほどが居るようだ。そして、その中で全面に配置された500程の敵の周辺には柵が仕掛けられていた。
「恐らく、森の中には罠が至る所に仕掛けられているはずだ。森を守る守備の人間もいることだろう。
ここで使うのは296名の冒険者たちだ。冒険者は優先的に感知能力が高いものを集めさせている。罠を発見次第無効化をしながら全方位から進めさせ、突破を図る」
森の周囲に配置された、全方位を囲む沢山の小さな駒。
ジルヴェスタはそれをひとつ取り、森を進ませた。
「ひとつの箇所でもいい。突破に成功したら、その班は周囲の冒険者に合流を呼びかけながら中央の敵と交戦して、守ってくるであろう敵の動きを封じさせる」
ジルヴェスタは後方に配置させていた、今までのものよりも2回りほど大きな駒を取り出していた。その、大きな駒に書かれていたのは、本隊50騎という文字だ。
森を抜けた部隊の駒と、それに続く周囲の班の後ろにその大きな駒、そしてその背部にアルウィンら奇襲部隊の駒をくっ付ける。
「正面からやり合っている所に横から騎馬隊を突入させる。騎馬避けの柵は私が破壊しながら進んでいく。
騎馬で賊共を蹴散らすのだが……お前らはその後方に就いてもらう」
ジルヴェスタの騎馬隊の練度が凄まじいことは、領内の人間にとって常識であった。
それはシュネル流の剣士のみで構成された騎馬隊であり、馬を自らの足と同様なレベルまでにコントロールする巧みな騎馬術を持っている騎馬隊である。
通常、シュネル流は騎馬戦には不向きな剣と定義されている。
なぜなら、シュネル流において重要なのは足のステップであり、馬上では足が固定化されてそのステップが自由に出来ないからだ。
けれども。
辺境伯ジルヴェスタ・ゴットフリードはその馬を訓練し、乗り手の剣士の意のまま足を動かすことが出来るように訓練していたのだ。
その研鑽によってシュネル流に適応した馬は50頭ほど。その騎馬隊50は数こそ少ないものの、1騎でも20騎程の活躍をするあたり、彼の騎馬隊がいかに優秀かが解るだろう。
隣領のシャティヨン辺境伯領との領地を巡る3代にわたった戦争も、彼が鍛え上げたシュネル流騎馬隊によって大勝という結果で終結している。
その最強の騎馬隊を、今回使うというのだ。
「向こうも馬を数十頭盗んできているらしい。賊共にも騎馬兵がいることだろう。我々が中央部隊に横から突破を図り、蹴散らしていく。そうすると奴らはシュネル流に臆し、要塞の前面にしか集中出来なくなる。
その隙がお前らの出番だ。お前らは馬で散開しながら回り込んで敵の根城の背後を突け。そして、盗賊団の首領の首を取るという算段だ。
お前ら6人、伍としてやってくれるか?」
的確に指示を与えてくれたジルヴェスタ。
兵の扱いを知らないアルウィンたちは、ただただ従うのみだ。
「オレはいける!」
すぐに反応した、アルウィンの声。
「アルウィンに先越されちまったけど、いけます!」
「もちろんですわ」
アルウィンに負けじとやる気を見せる、残りの5人。
彼らはそれぞれ得物をひょいと引き抜き、伍長テオドールのそれに重ねていた。
「ほら、アルウィンも」
アルウィンの次に若いレリウスは、柔らかな目線でアルウィンにも抜刀を促していた。
「あ、あぁっ」
「シュネル流剣士はね、戦いの前に無事を祈って誓いをするんだよ」
慌てて、アルウィンも剣を5人に併せる。
5人の心臓の鼓動が、とくん、とくんと剣を伝わったアルウィンの鼓動とも重なりかけていた。
そしてその上に。
「任せたぞ、お前らァ!」
豪快に振り下ろされた太刀。
それは、ジルヴェスタのものだった。
「「「はいっ!」」」
6人がかりでなんとか抑え込むことが出来るような圧倒的な剣。
衝撃は各々の右腕に鋭い痺れをもたらしていた。
───ピリピリと痺れているのはオレの右半身。
だけど何だろう。
何故か身体は火照り、心臓は早鐘を打っている。
そして何よりも。
物凄く気分がいい。
彼ら6人は、右手に自由が利くまでの数分の間にそれぞれ馬を与えられて、総大将のジルヴェスタが率いるシュネル流騎馬部隊の後に着いていた。
この馬も、訓練中であるらしいがシュネル流の動きに殆ど対応出来るという馬だ。
前を走るジルヴェスタの背中が、勇ましく格好良い。
白いシャツの上にある金色の甲冑。そして風に靡く血の色のマント。
馬も同様だ。白地に金の防具を着け、蔵の部分だけ深紅である。
大盗賊団が潜伏している拠点は、他領との境界付近。それも、代々何度も領地を巡る小競り合いをしてきた貴族の領地付近である。
それ故、隣領に敵対行動となる行動を避けるためジルヴェスタは被害者となった領民を支援したものの討伐を長らく渋っていた。
がしかし。
此度の討伐は王命であった。大盗賊団に周辺地域が侵されているのを憂いた王が書面にて多大なる戦果を持つジルヴェスタに命じたものである。
隣のシャティヨン領の領主が討伐を敵対行動だと見なした場合、王命の勅書を見せれば血は流れない。
認められているのならば、思いっきり盗賊団を潰せばいい。
森の中は罠だらけ。主攻の騎馬部隊は少ない方が向いている。ずっと鍛えていたシュネル流騎馬隊50騎を主攻に、他に信頼出来る武勇の者には挟撃の小隊を任せる予定であった。
厚い雲が立ち込める空模様。
今にも雨が降り出しそうな天気だが、雨が降ってくれれば騎馬で生じる砂煙は飛ばず、相手に位置が悟られにくい。
彼らが馬を走らせ、1時間程が経つと次第に雨は降り出し、その山は段々と大きくなってきていた。こっそり馬を走らせるには丁度いい。
しかし。視界にヤノシック大盗賊団の拠点の山が見えた頃。
「なっ!?」
双眼鏡で山を見ていたジルヴェスタは唖然としていた。
それもそのはず。
彼が見ていた盗賊団の拠点の山。
それは、要塞化されていたものだったからである。
「ヴェンデルを呼べ」
先に到達した冒険者たちを率いていた副官ヴェンデル。
拠点を作ろうとしていた矢先に呼ばれたヴェンデルは、直ぐに戻って来てくれた。
「ヴェンデル。気が付かれたようだ。してやられた」
「恐らく、これは計画が早く漏れていたというレベルではありません。策略の一部かも知れません」
「だろうな」
「要塞を造られている以上、長期戦になると思われます。街に使者を送り、援軍若しくは兵糧を準備するべきかと」
「いや、長期戦になるとしても、援軍を入れるとしても隣が面倒だ。短期で仕留めるぞ。私は仲間を信じている。ここの軍だけで十分だ」
「承知しました」
「今日のうちに潰せばならん。ヴェンデル。あの城を全方位から見てこい」
「仰せのままに」
恭しく頭を下げると、勢いよく馬に飛び乗ったヴェンデルは駆けていった。
………………
…………
……
「私が森を一周して確認した所ですが、あの城の形は一般的な山城としてバランスよく効率的なものです。
奴らは兵法を知らない烏合の衆のはずですが……何か引っ掛かります。
そしてこちらの読み通り、山を囲う森の中には様々な罠が仕掛けられております。
今、冒険者たちが全方位から罠を突破し道を作っている最中ですが……」
「兵法を知らぬ盗賊団があんな大層な物を準備出来るはずがない。となると、背後にいるのは
「でしょう。確かに、あの領地で盗賊団の被害報告はあまり聞きませんからね。完全に策略の類です」
互いに顔を見合わせる、ジルヴェスタと副官ヴェンデル。
そして、息ぴったりとは正にこのこと。同時に口を開いて叫んでいた。
「「ならば、やはり短期で仕留めるかッ!(べきかと)」」
先程から不穏な空気は流れていたが、それでもこの2人の表情は悪くないものだった。
戦況を冷静に分析する姿は、見ていたアルウィンの胸の鼓動を激しくさせるのだ。
ここは、ちょうど他の領主、シャティヨン領との境界地帯。今は盗賊団によって荒らされているが、肥沃な土地がこの一帯にある。
そして相手は、この襲撃に備える拠点すら作っている。罠だらけの森でゴットフリード軍の進行の速度を弛め、長期戦へ縺れこませるつもりのようだった。
と、その時。
陣の天幕を突き破り、落雷と共に慌てた騎士が転がるように駆け込んで来た。その形相は恐怖そのものである。
すぐさま息を深く吸い込み、そして叫んでいた。
「報告します!東隣のシャティヨン領にて挙兵!その数5000です!到達まで3時間かと」
「「「なぁっ!?」」」
途端に、どよめきが周囲一帯を走り抜けた。
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