魔法ロボ護雷王

岩間 孝

第1話 プロローグ

「どこだ。ここは?」

 俺は呆然と呟いた。


 目の前にレンガ造りの家が立ち並ぶ風景があった。そして、ずっと向こう側には、高さ十mはある壁がそびえ立っている。石とレンガで造られたそれは、ヨーロッパの城壁のようだった。


 明らかに日本の風景では無い。そして、なぜか周りの人たちが俺に向かって神様に拝むように手を合わせている。


「何で、こんなことになってるんだ?」

 さっきまで自分の研究室にいたはずだ。明日の最終実験の準備を終え、電源を落とそうとした、その時……そうだ、地震があったんだ。


 俺は、傍らにいる黒井くろいさくらを見た。

 黒いTシャツにジーパン。その上に白衣を羽織った黒井桜は、弱冠二十六歳にして天才量子物理学者と名高い女子だ。百五十センチ前後と小柄なのに、頭は小さくて足は長い。くせっ毛で茶髪のショートボブの髪型が、小悪魔っぽい顔立ちによく似合っている。事前情報が無ければ、その幼い見た目と相まって高校生でも通るかもしれない。


 黒井は独身で天才、そして超絶かわいいことから、俺の所属する首都大学総合研究センターでもファンを自称するやからは数え切れない。まあ、そのマッドサイエンティストな習性を深く知った結果、離れていく奴も数え切れないわけだが。


 それはさておき、一緒にここにいるのは黒井だけじゃなかった。

 そのすぐ隣には、俺の開発した戦闘用ロボット、人型のGRZ24と狼型のGRZ44が真っ白な装甲を輝かせて鎮座していたのだ。さらに丁寧なことには、遠隔操縦用のコンソールユニットまであった。


 俺は御岳みたけまもる、三十五歳、独身だ。新進気鋭のロボット工学者と言いたいところだが、大学の臨時講師や塾のバイトなんかをしながら夢である自律型ロボットの研究を続けてきた落ちこぼれ研究者だ。


 もうこれ以上研究を続けていくことは無理かもしれない。そう思っていた矢先に、恩師のつてで首都大学総合研究センターの研究コンペに参加することができ、奇跡的に研究を評価されてここに籍を置いている。ロボットの運動を司るAIと駆動系の連動、そして学習進化していくAIの独自性が評価されたのだった。


 ただ、研究を続けるに当たっては、スポンサーの意向で戦闘用ロボットを作り上げるというミッションを与えられていた。スポンサーは平たく言えば国……というか自衛隊で、敵とは言え人間を相手に戦う可能性があるということだけが心に引っかかっていたのだが。


御岳みたけ……」

「何だ?」

 話しかけてきた黒井は、意味ありげな笑みをその唇に浮かべていた。


「こうなったことの仮説が一応あるんだが、聞きたいか?」

「ああ。もちろんだ、教えてくれ」

 俺は頷いた。


「ひょっとするとだけど、地震でボクの衝突型加速器が暴走したせいかも。っていうか、状況から考えてそれしか考えられないね。ここがどこかは分からないけど、それでボクたちの世界からここに飛ばされたんだ」


 何のことやら全然ピンとこないが、はあっ!?となる。当の黒井はてへっていう感じで笑っている。


 情報が多すぎることに混乱していると、

「お願い。神様。私たちを助けて! あのゴーレムから!!」

 俺たちを囲み、手を合わせて拝みまくっている老若男女の人々の中で、小さな女の子が叫んだ。


 神様って……ああ、突然ここに現れたからか。って、あれ!? 日本語? でも、確かに街並みと違って顔は日本人みたいだ……。


 俺は一瞬そう思ったが、次の瞬間にはズシン、ズシンと響く音に気を取られた。地響きのする方には巨大な土塊と岩でできた巨大な人形のようなものがいた。ゆっくりとだが、近づいてくるのが見える。


 え!? 何だあれ!? 本当にゴーレム!!!!

 ずっと向こうの城壁に穴が開いている。おそらくこいつが穴を開けて侵入してきたのだろう。ゴーレムの大きさは五mはあった。


 手を合わせる少女と目が合った。その必死な表情を見て、俺は頷いた。そして、遠隔操縦用コンソールユニットに向かって走った。

 ユニットの椅子に滑り込むように座ると、ARグラスを被る。


「すまん。頼む。死ぬなっ!」

 黒井の無責任な叫び声が聞こえてくる。


 俺は思わずため息をつくと、GRZ24とGRZ44を起動した。


 これが無事に終わったら、後で死ぬほど文句を言ってやるぜ。無事に終わったら、だがな。


 俺は唾を飲み込みながら人型のGRZ24と視覚を同調シンクロすると、目の前のゴーレムに向かっていった。

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