その誉は唯一無二〜高嶺の花を手中に収めた勇者の叙事詩〜

緋那真意

第1話 二つの競馬

 日本国内で公営ギャンブルとして競馬を開催しているメジャーな存在といえば日本中央競馬会(JRA)であろう。俗に中央競馬とも呼ばれる農林水産省所管の特殊法人であり全国十カ所に直営の競馬場を備えている他、場外馬券売り場を複数抱えており、毎週土日ともなれば多数の競馬ファンが詰めかけているのは今更述べる必要もない。

 その一方で、日本にはJRA以外にも競馬興行を実施する組織が存在している。各都道府県の地方自治体がそれぞれの保有する競馬場にて開催している競馬、いわゆる地方競馬と呼ばれるものだ。各開催者による開催を支援する共同法人として地方競馬全国協会(NAR)が存在している。

 最盛期には二十を超える自治体で開催されていた地方競馬であったが、2000年代に差し掛かる前後より不況による馬産の縮小や予算上競馬場の維持が困難なこと等から廃止が相次ぎ、現在ではサラブレッド種を用いないばんえい競馬を含め十四開催(競馬場は通常利用されていない場所も含めて十七場存在している)しか残されていない。売り上げ自体も一時期は底辺まで落ち込んでいたものの、インターネット投票の普及や開催者間の連携によるサービスの向上などにより近年は回復基調にある。



 他方、競走馬の質という観点から地方競馬をみた場合、1970年代頃までは中央競馬との極端に大きな差は見られず、ハイセイコーやイナリワン、オグリキャップなど地方から中央へ転籍して大成功を収める馬も定期的に輩出していたものの、次第に収得賞金やトレーニング施設の整備度など中央と地方の間で大きな格差が見られるようになり、1990年代に中央と地方の交流開催か一般化するようになると地方開催の交流重賞が中央で勝てない二軍級の馬による草刈り場と化すケースが多発し、交流による利益を満足に還元できない地方競馬側が衰微する一端となったのは否定し難い。現在でもこの流れは続いており、中央で芽の出なかった馬が地方に転籍するケースはあっても地方から中央へ転籍するケースは稀であり、地方競馬所属のまま中央競馬の重賞に出走するなど現代に至るまで少数派のままである。



 ただし、欧州競馬を手本とし芝中心のレース体系を基本とする中央と、米国のようにダート(砂)戦がほとんどを占める地方とでは土台からして異なっており、それ故に「中央は芝、ダートは地方」という一応の棲み分けがなされていることには一定の理解を示したい。興行としても中央の競馬場へのアクセスが不便である四国(高知)などでは、わざわざ本州に遠征することなく地元で中央の馬や騎手に接する機会となる交流重賞は貴重な存在として扱われているのもまた事実であり、だからこそ地元の所属馬が中央の強豪と互角以上に渡り合うシーンを求めるファンも決して少なくはなく、まして中央からの転籍ではない地元生え抜きの馬でとなれば喜びもひとしおと言えるだろう。

 地方競馬の祭典として位置づけられているJBC(ジャパン・ブリーディングファーム・カップ)シリーズでは、地方でも主流である短距離戦及びまだまだ成長途上である二歳馬戦を中心に地方馬が中央馬と互角の戦いを演じる場面もしばしば見かけられるが、地方競馬に所属しながら中央のG1を勝つ馬となるとそのハードルは高いままであり、数少ないJRAダートG1であるフェブラリーSが地方所属馬にも開放された1990年代から2024年に至るまでそれを成し得た馬はただ一頭のみで、海外にまで視野を広げた場合には北海道の至宝コスモバルクが今は廃止されたシンガポール競馬で達成した栄誉が加わるものの、そんな彼ですら中央G1には手が届かぬまま引退していた。

 高嶺の花であり続けている中央G1に地方所属のまま制覇した唯一の馬は、それ故に今もなお伝説の存在として語られ続けている。



 馬の名はメイセイオペラ。東北岩手競馬の誇りを胸に各地の強豪と戦い続けた偉大なる先駆者である。

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