第4話 お守り



(うわぁぁぁ……どうしよう?)


 建物の陰に隠れて、コトは心の中で悲鳴を上げた。

 兄を見つけたは良いものの、何と声をかけるべきか分からない。着替えて公園から出てきた兄はどこかに向かうようだが、コトには見覚えのない街並みである。


(迷子にならないように、道順覚えておかなくちゃ…………!)


 カランコロン


 ドアベルの音に慌てて目をやると、兄が入っていくところだった。ちらちらと周りを見回して、コトも後を追う。


(入らない方がいいよね)


 扉の前は通りすぎて、ショーウィンドウのマネキンに重なるような位置に立つ。

 見えないのではないかと思ったが幸い、カウンターと兄は隙間からギリギリ見ることができた。


「――を、――に作って」

「この――は――が、……に」


(声は全然聞こえない……)


 ならもっとよく見ようと、コトは虫メガネを取り出した。

 片目を瞑って顔を近づける。


(あれって……封筒、かな?)


 兄はカウンターに乗った茶封筒を見ながら、店員と何かを熱心に話していた。

 ここは雑貨屋……なのだろうか。メモを走らせる店員に、兄はポケットから『あるもの』を取り出す。



「え、」




 兄が取り出したのは、お守りだ。

 コトが学校の授業で作った、青色フェルトのお守り。

 大切に使っていたはずのそれをカウンターに置いて、財布を取り出す。



「――っ!」



 兄はその間も、




 ***




(…………さむい、な)


 腹の底が冷えていく。

 凍えてしまうような冬の空気が、ひとり歩くコトの肺を刺して。



 兄が何をしていたのか、確証はない。

 でも……何かの会計をしようとしたことは、コトにだって分かる。

 いらなくなったものを売るのは自然なことだ。

 ずっと持っていたヌイグルミだって、いつかは手放す時が来る。



「う――うぅ。

 ふぇ………ひぐっ、あ………!」




 分かっている。

 分かっているのに。


 喉から漏れ出す声は、どうしたって消えない。










 うずくまってしまいそうなコトに、



「…………『悪い子、みーつけた』っ!」



 誰かが、肩を叩いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る