第3話 弓引きとヒーロー
兄を探して街を回るコトは、パン屋の女主人から『目撃情報』を受け、公園へと足を運んでいた。
「お兄ちゃん……いるかなぁ?」
白いテントの立てられた公園では、冬休み中の子ども達が走り回っている。
ここに高校生である兄がいるとは思えず、コトは首を傾げるしかない。
(お兄ちゃんが公園に来るとしたら……『誰かとの待ち合わせ』、とかかな?
お姉ちゃんがこっちにいた時は、よく迎えに来てたし……)
遠い街に嫁入りに行った姉を思い浮かべていると、後ろから声をかけられた。
「――びぇあぁぁっ!」
物事は正確に言おう。
後ろから断末魔の悲鳴が聞こえた。
「ひぇっ?!」
尋常ではない声に振り返ると、後ろに毛布が……もとい、散歩中の犬が何かに集まっていた。
冬毛の犬が集まると、もふもふの毛布に見えてしまう。真ん中にある茶色のメッシュが、ちょっとしたアクセントになっていた。
(っていうかあれ――人だよね?!)
「たぁ~すけてくれぇ~!」
コトが気づくと同時に、毛布から人の腕が伸びた。
犬をかき分けて、コトはその腕を引っ張り上げる。
「う~ん……しょっ!」
「のわっ‼」
茶髪の青年が上体を起こすと、周りの犬達は蜘蛛の子を散らすように駆けていった。
「あ、コリャ待たんかっ!
あいつら何でいっつも追い回すんだ――」
「えっ……リクヤくんだ!?」
「うぇ? ……ああ、コトちゃんか!
見ないうちに大きくなったなぁ~!」
コトは青年の顔に目を見張る。
犬の毛を払っている青年は、兄の同級生であり顔見知りの――リクヤだった。
***
「トビがおかしくなった?」
リクヤは素っ頓狂な声を上げる。
「う~ん……昨日弓道場で話したときは、いつも通りだったけどなぁ」
「ノロノロ、ぼんやりって感じなの。
何て言うか……」
「『上の空』?」
「それ!」
コト達が腰かけたベンチの隅には、ベルトのついた細長い円筒が立ててある。その中にはカラフルな矢が入っているはずだ。
リクヤは公立の弓道場で自主練習をし、
「ボケっとしたトビ――かぁ。
確かにナゾだねぇ」
「うん。だからこっそり追いかけようとしたんだけど……いなくなっちゃって」
「一生懸命だね。
家に帰ってから聞くんじゃ、ダメなの?」
――もう、諦めてしまえばいい。
そんな発想が、コトの心にまとわりつく。
諦めて、家に帰ってしまえばいい。そうすればこんな風に走り回る必要もないし、……第一、家に帰ってきた兄に直接聞いてしまえばいいのだ。
その方が簡単だし、楽である。
「でもね、」
コトは白い息を吐いて、虫メガネを見た。
自分の気持ちに合った言葉を、一つひとつ集めて積み上げていく。
「すごく、気になるの。
今諦めたら、気にならなくなっちゃう。……だから、頑張ってる」
「ぷはっ。
いいんじゃない?」
リクヤは何故か破顔して、立ち上がった。
おかしな事を言っただろうかと不思議がるコトに、リクヤは自身の背後を指さす。
「それに。
――ちゃんと
『やあやあ良い子の諸君!』
四角いスピーカーから、男性の声が流れた。確か最近人気である戦隊ヒーローの声だ。
見てみると、芝生に座った子ども達の前で、カラフルな服を着た人々がステージに立っている。テントだと思ったのは、特設の舞台だったらしい。
その中の青色ヒーローに、コトの視線は吸い寄せられた。
あの背丈に歩き方、どこかで見覚えがないだろうか?
それにヘルメットから覗く黒髪も、どこか で。
いや見慣れすぎている。
「…………え。
あの人もしかして、――お兄ちゃん?!」
「………まったく、アイツも無茶言うよ」
コトの側から離れて、リクヤはひとりごつ。
「県大会出場者のおれにあんなことさせるなんて……自分でやれっつーの。
どれだけ家族バカなんだよ」
呆れたような口調でも、声色はどこか嬉しげである。
「ま、どうにかなるだろ。
こればっかしは
小さく笑って、リクヤは北風の寒さに体を震わせた。
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