第7話 覚悟

 朝日が昇ると同時に、一台の荷馬車が冒険者ギルドから出ていく。


 この馬車は毎日隣街の冒険者ギルドに物資を届ける便だ。


 それもあって護衛として強い冒険者が一緒になったりする。


 高級素材が入っていたりするから。


 そんな中、俺とソフィアさんとリサさんはというと――――三人が入れそうな箱の中に入っていた。


 昨日、ソフィアさん達とまた旅をすることが決まって、どういう風にするのかなと思ったら、まさかの夜逃げ作戦にしようと提案があった。


 現在でも冒険者ギルドで俺達は匿われているってことになっている。何なら、荷馬車に乗っている冒険者達も俺達の存在に気付いてないくらいに。


 馬車が走っていく間、冒険者パーティーの雑談を聞きながら狭い箱の中で――――ソフィアさんとリサさんの温もりが伝わってくる。


 こんな狭い密室で美少女二人とこんな近い距離にいるなんてありえないだろ! むしろこんな人生、一生ないと思ってたよ!


 絶対に声を出してはいけないと言われているが……今すぐ叫びたいくらいだ。


 はあ……てか二人とも……めちゃくちゃいい匂いがするんだよな。


 はっ……!? もしかして俺から加齢臭がしたりしないのか!? ずっと鍛冶と冒険ばかりやってたし汗の匂いとか!?


 しばらく荷馬車が移動して休憩時間となった。


 すると、チョンチョンと頬っぺたを突く感触があった。


 ――――合図だな。


 突く優しい指に触れて合図を返す。


「――――カムフラージュ」


 ソフィアさんの小さな声が聞こえてきて、体を不思議な感触が包み込んだ。


 ゆっくりと箱の蓋が開いて、リサさんがそっと外に出る。


 それに合わせて俺もソフィアさんもそっと箱から外に出る。


 いくら休憩時間とはいえ、かなり強い冒険者達が見守っているというのに、ソフィアさんの魔法が非常に強いのがわかる。


 そっと荷馬車が停まっていたところから、森の中に進む。


 ちらっと、向こうのパーティーメンバーの一人がこちらを見た気がしたけど、首を傾げてはまた仲間と談笑に戻った。


 声を出さず、できるだけ足音も出さずに森の中に入って、体感三十分が経過した頃にようやくリサさんから合図があった。


「ふあ~やっと普通に話せる~」


「うむ。ソフィアにしては珍しく静かにしていたな」


「むぅ。私がいつもうるさいみたいな言い方!」


「ん? 違ってたのか?」


 美少女二人の微笑ましいやり取りを見ているだけで幸せな気分になれる。


「グレン様? 窮屈ではありませんでしたか?」


「へ? い、いえ! とてもよ――――」


 いかん! これを言っては……!


「よ?」


「よ……酔うこともなく大丈夫でした!」


「ふふっ。もし気分が悪くなったら言ってくださいね? すぐに神聖魔法を使いますから!」


 あはは……神聖魔法って異世界でも特別な魔法の一種で、使える人は限られているし、大半の人は教会からスカウトされるから滅多に体験することがないのだけれど、ソフィアさんは気軽に使ってくれるのはすごいことだ。


 神聖魔法にも大きく分ければ、攻撃系統の魔法と治癒系統の魔法、補助系統の魔法に分類されているが、ソフィアさんはとりわけ治癒系統が得意だという。


 前世の知識なら……ソフィアさんを一言で表現するなら、“聖女”そのものだな。


 俺達はそこからしばらく森の中を歩き続ける。


 リサさんが手に持っているコンパスにしっくりな道具は、いわゆる魔道具と言われている特殊なもので、非常に高価なため俺みたいな平民は一生目にすることもないくらいだ。


 コンパスは方向を指しているのではなく、決まった場所を指しているという。今で言うと、ディアレス領都を指しているから、向いてる方向を目指せばいずれは着くということだ。


 どうして三人旅になったかというと、ダークゴブリンは暗殺に向いている魔物だが、その他にもいろいろ襲撃できる魔物はあるという。


 もしソフィアさんが堂々と馬車で移動することになると、大きな被害を受けてしまうのではないかと予想して、ディアレス領に応援を要請――――するていで話が進み、俺達は冒険者ギルドで保護されていると思わせている。


 相手が誰かは知らないが……余程権力を持つ人らしい。


 同行者が俺だけな理由は、他に有力な冒険者がいなくなると夜逃げしたのがバレてしまうのではとのことだ。


 ちなみに俺を襲った奴は、どうやら盗賊ギルドの一員のようだが素性は何もわからない。それこそが盗賊ギルドの力でもあるのだという。


 今は褒美だのもらうよりも、盗賊ギルドから狙われているのを何とかしないと命が危ないからな。


 その日から魔物を狩りつつ、ソフィアさんのサンクチュアリで野宿しながら進む日々を送ることとなった。



 ◆



 三日後。


 森を突き抜けて山に入った。


 どうやら山を越えるのは遠回りらしいが、逆にこっちの方が安全だと踏んでの判断だという。


 リサさんはというと、俺が貸した剣をずっと愛用しているが、やはり彼女の愛剣フランベルジュはひと時も肌身離さずだった。


 山は少し冷えるが寒い程ではなく、快適に進められていた。


 ――――そんな中。


 前方で大きな爆発の音が聞こえる。


 すぐにリサさんと俺が剣を抜いて、茂みの向こうの爆発の正体を覗き込む。


 そこにいたのは――――巨人魔物と一匹の子犬が戦っていた。


 ただ子犬とはいえ周囲に凄まじい氷魔法を展開していることから、非常に強い魔物なのがわかる。


 巨人魔物もアグレッシブなパンチを繰り広げて肉体vs魔法のような構図になっている。


 そのとき、子犬が作った氷を巨人魔物が叩き割りながら、子犬をなぶり付けた。


 バギッ! と嫌な音が聞こえて子犬が凄まじいスピードで地面に叩きつけられ、何度もバウントしながら遠くまで吹き飛ばされた。


 さらに間髪入れずに巨人魔物が子犬に向かって全力ダッシュする。


 このままでは間違いなく子犬が殺されてしまう!


 魔物同士の戦いもかなりあると聞く。それを我々がどうこうする問題じゃないのもわかる。


 だが……どうしてか子犬の現状が……前世でいわれのない謀反を先輩から言いつけられ会社をクビになった自分が重なってみえた。


 強者は弱者を守る――――だなんて綺麗なことなんてなかった。強者は常に弱者から全てを巻き上げるだけ。クビになった後に入った会社もまた同じことの堂々巡り。


 どうして……俺は子犬に自分を重ねてしまったのかな?


 遥か先に倒れた子犬が必死に立とうとする。その顔は――――諦めてない顔だ。


 ああ……そうか……思い出してしまった。


 前世でいろいろ不幸なことが多かったけど……それでも俺は前に進むことを諦めたりしなかった。


 異世界に転生してからも……前世への未練はあったけど、自分に置かれた現状に諦めることなく、鍛冶師を目指して日々奮闘して……師匠のところで鍛冶を続ける日々だった。楽しくてやっていたのはあるけど、誰かを見返すためだったのかもしれない。


 そんな目を……子犬から感じてしまった。


「リサさんとソフィアさんは先に逃げてください!」


「グレン殿!?」


「グレン様!?」


 気が付いたときは、俺は――――隠れていた茂みから飛び出て子犬に向かって走っていた。


 今まで戦ってきたゴブリンとは比べ物にならないくらい強力な魔物なのは間違いないが、それでも自分でできることをしたい。


 ここで……子犬を見捨てたら今まで自分が頑張った全てを自分が否定するそんな気がするから。


 そして俺は――――巨人魔物にとある剣・・・・で斬りつけた。

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