第5話
劇の内容は宮沢賢治が執筆した有名作、銀河鉄道の夜に決定した。
有名とは言っても、若者の読書離れが謳われる昨今ではそのタイトルを聞いた事があっても実際に読んだ事はない、という者が殆どで、淵神以外誰も内容を知らないという有様だ。
淵神は「よくそんなんで銀河鉄道の夜にできると思ったね……」と小さくぼやいていた。
ちなみに、読もうと思って過去に図書室で借りたクラスメイトは一人いたが、よくわからなかったという理由で途中で読むことをやめていた。
登場人物は、淵神がリストアップした。
まず、主人公のジョバンニと、その友人であるカムパネルラ。ジョバンニをいじめていたザネリに、旅へと向かう中で出会う人々が複数人。
他にも教師やジョバンニの父など登場人物は多数いるが、教室という狭い舞台でしか演じられない都合上、極力減らす事になるだろう。ならばザネリも削ってしまってもいいのではないかと思ったけれど、淵神曰くそれはダメらしい。
ある程度キャラクターをリストアップし、これを誰が演じるかという話になった時に、あたしがいの一番に手を挙げた。
「ならあたし、ジョバンニを演じたい」
教室が少しざわめく。女であるあたしが少年のジョバンニを演じようとすることも、そもそも役決めで渋らないことも意外だったのだろう。
けど、あたしはどうしても主人公をやらなければならなかった。少しでも、淵神と接点を持っておきたかったからだ。
淵神は少し片目を眇め、興味なさげに嘆息する。
「確かに、君はカムパネルラはできなさそう」
小さく零された憎々しげな声音の言葉が微かに聞こえたけど、あたしはそれに対して言及しなかった。明らかに独り言のように思えたからだ。
「演技指導、よろしくね。ゆと」
劇の主人公をやるということは、必然的に劇全体での主導権を握ることになる。元々クラスの中でも比較的目立っているあたしだが、脚本家の淵神と関わるのは不自然ではなくなるだろう。
あたしが微笑んで見せるが、淵神は既に興味なさげに本に視線を落としていた。
ストーリーの要約は、翌日にクラスラインで送られてきた。わりかしおふざけで会話を繰り広げられることも多いクラスメイト達のラインだが、そこで淵神が発言するのは初めてだった。
貧乏で、学校でもいじめられ気味なジョバンニ。彼は突然銀河鉄道に迷い込み、そこでカムパネルラと共に話をする。そこで『本当の幸い』とは何だろうと考え、出会った人々を見送っていく。
そして、その物語の最後は。
もの悲しい物語だと思った。どうして淵神はこれが好きなのか全く理解できない。
だから、学校の終業日、終業式が終わった後に淵神の机の上に顔を置いて話しかけた。
「なんで銀河鉄道の夜が好きなの?」
淵神は鬱陶しそうに表情を歪める。しばらくは口をつぐんでいたが、あたしが「なんでー?」と繰り返し訊き続けていると諦めたのか、ため息を共に口を開いた。
「全体の雰囲気。それから……自己犠牲が報われないところ」
「自己犠牲? 報われてなかった?」
カムパネルラは、いじめっ子であるザネリを助けた。そのおかげでザネリの命は助かったが、カムパネルラは。
けれど確かにザネリは助かった。一つの命を引き換えに、一つの命を救った。きっとそれはカムパネルラの本意だったのだろう。あたしはそれを、報われないとは言わないと思う。
けれど淵神はそうは思わないようで、あたしの話に鼻白んだ様子だった。
淵神は家ではあまり勉強をしたくないので学校でワークを終わらせるタイプらしく、台本の執筆も教室で行っていた。担任の先生も休み時間内ならば文句をつけてくることもない。
スマホをペンケースに立てかけ、ブルートゥースでキーボードと繋げる。そうすれば、叩いたキーがスマホの画面上に反映された。
あたしはパソコンなんて学校で触ったくらい。当然のようにタイピングはできないので、淵神が淡々と拘束でキーを叩いていくのを感嘆しながら眺めていた。
原点である本のページを時折捲りながら、休みなく指が動かされる。視線は本へ、画面へと休みなく動いており、しかし手元に行くことはほとんどない。
「……やりづらいんだけど。なんで見んの」
「いいじゃん。もの珍しいんだよ」
「珍しさだけで私と関わらないで。一方的に私の情報を取ってるだけだとコミュニケーションなんて言えないよ」
「……ゆとの口からコミュニケーションとかいう言葉でるんだ」
「バカにしてる?」
苛立ったのか、淵神のタイピングの音が少し荒々しさを増した。
「ごめんって……」
その日一日、淵神は作業を続けていた。
台本が出来上がらなくても、その他の作業は進めなければならない。具体的に言えば衣装や背景の制作、それに役決めだ。現状、ジョバンニを演じるあたししか役が決まっていない。
「ねね、わたしカムパネルラやっていい?」
手を挙げたのは藤ちゃんだ。あたしに下手なウインクをしながら、意気揚々と名乗りあげる。
反対意見もなかったので、すんなりと藤ちゃんはカムパネルラ役に決まった。
「あまちゃんがジョバンニやるなら、その友達の役はわたしがやりたいなって」
藤ちゃんはあたしにこっそり耳打ちする。少し目を瞠いて彼女の顔を見ると、藤ちゃんはイタズラっぽくはにかんで見せる。
「かわいいヤツめー!」
そう叫びながらじゃれつくと、藤ちゃんはきゃらきゃらと笑い声をあげた。本の数ヶ月前まで自殺をしようとしていた女の子には到底見えない。
三十分かけて役を決定し、次は背景についてだ。これに関しては一人、中学校で美術部に所属していた女子がいたため、彼女に一任することにする。
授業が終わってから約一時間。解散となってあたしは帰路につく。夏の真っ盛りだからか、太陽はまだ高くて暑かった。
次に話が進むのは、背景などをどうするかの計画が固まってからだろう。数日待たなければならない。ふと駅の方面に続く道を見ると、見覚えのある黒髪が見えた。少しぼさついた長い髪。淵神だ。
彼女の頭上では、相も変わらず「死にたい」という重々しい四文字が浮かんでいた。
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