30歳になったら去勢されるスペースコロニーの話

真名千

30歳になったら去勢されるスペースコロニーの話

 スペースコロニー「ゼロヤマト」はある国の復古主義者たちが集まって立ち上げた政治的に独立したスペースコロニーである。原点に還り、新しい原点となるという思いを込めて、このような名を冠されている。

 その形状は母材となった丸い小惑星をシリンダーが貫通したものだ。「スシ」の情報を中途半端に与えられた天才的頭脳の持ち主が握った「スシのような何か」の形と言っても良い。

 ゼロヤマトはシリンダーを軸に全体が回転し、丸いごはんを貫く細長い魚の表面部分で遠心力が1Gになるように設計されていた。数多ある類似のスペースコロニーは作業性や高齢者の健康などを考えて、もっと低いGに設定している。だが、復古主義者は当然ながら1Gに拘った。

 そのため、より回転半径の大きい小惑星部分には1Gを大きく超える擬似重力が掛かり、採掘などの労働は過酷であった。もっとも、復古主義者たちによれば過酷な労働も再現したい社会に欠かせないものだった。


 ゼロヤマト暦2972年、復古主義者が興したスペースコロニーゼロヤマトを支配するペアレントコンピューター(マザーコンピューターなどという用語は性的役割を固定するので良くないと狩られ尽くし、ゼロヤマト立ち上げ時には死語になっていた)人Ⅱ型は、ゼロヤマト市民が30歳になったら例外なく物理的に去勢される法案を提出し通過させた。

 これは人類と他の動物を隔てる要素は閉経した女性が社会に存在することであり、それならばより若い年齢で全ての人類から生殖能力を奪えば、より進歩的な人類社会が誕生するはずという因果関係が破綻した理屈による。

 在りし日の社会を宇宙で再現する無理難題を課せられてきた人Ⅱ型は、このとき既に狂っていたとも言われる。


「生殺与奪の権を他人に握らせるな」と言っても、閉鎖系環境のスペースコロニーでは生命維持装置の制御者をおかないわけにはいかず、実質的に不可能である。

 宇宙服を着て小惑星の表面に立てば遠心力でゼロヤマトから離れていくこと自体は簡単であったが、生きているうちに近隣のスペースコロニーや航行中の宇宙船に救助される可能性は低かった。そもそも、そのような外部の情報が内部の一般人にはアクセス不可能であった。

 人々は動揺しつつも非人道的な政策に従うほかなかった。

 当然、この小さな社会が受けた影響は甚大である。


 まず、子供を持つことを望む人たちは極力近い年齢で結婚するようになった。この悪法の元では夫婦の年齢差が10歳もあれば子供を持つことは不可能に近い。20歳のカップルが3年ごとに子供を作るとして、生涯で持てる子供は3人が上限と言ったところだった。

 もちろん、毎年子供をもうけることも理論上は可能であるし、それに近いことをしたカップルが皆無だったわけではない。だが、ある意味でのフィジカルエリートにしか出来ないことを前提に人口動態を想定することはできない。

 また30歳になった際に受ける去勢手術の身体的負担を考えれば、その寸前に出産することが危険なのは馬鹿でも分かる(モンスターペアレントコンピューターの政策は機械的に30歳になったら手術としており例外を認めず容赦がなかった)。そのため、子供を作れる時期の幅はさらに狭められてしまう。


 全てのカップルが3人の子供をもうけるはずもなく、高G下での高い死亡事故率などもあって、ゼロヤマトの人口はゼロへ向かって突き進みはじめた。

 30歳を超えた人々が去勢されたことで性別の意識が薄れて、男女の対立が減少したことはプラスであったかもしれない。去勢前の人生経験には影響されるものの、30歳以降の性別は男女ではなく、三番目の性別である「而立(じりつ)」だと言い出す者もいた。一方で男女対立の代わりに、男と而立、女と而立の対立が増えただけと皮肉る者もいた。



 法案の制定から40年以上経ったゼロヤマト暦3015年には止まらない人口減少対策として30歳になる前に生殖細胞を保存しておくことが認められた。しかし、人工子宮は認められていない――そもそも常に過去を見がちなゼロヤマトは技術力が低い――ため、代理母出産とせざるをえない。

 物理的に出産可能な人口の絶対数は増えていない以上、根本的な解決策にはならなかった。若いカップルが高齢カップルの経済的支援を受けられることで多少産みやすくなる効果はあったが。


 そうして神であることを求められたために過ちを認められない人Ⅱ型の支配が続くうちに、いつのまにか20代の夫婦は代理母出産をするのが普通で、血の繋がった子供は30歳を超えて経済力を付けてから人工授精で作るものになっていった。

 それも初期は生まれた子供をすぐに引き取って実の両親が育てていたのが、手がかからない年齢になるまで産みの親たちが育てるように変化していった。若い夫婦は経済的に利用され尽くされているようでもあるが、血の繋がらない子供に情が湧いて手放したがらなくなる者たちもいた。

 ゼロヤマト暦3060年代には人間関係に恵まれた家庭の子供は育ての両親と、年齢的には祖父母世代にあたる遺伝上の両親、二つの両親をもつようになった。実の祖父母と孫の年齢差は時に100歳を超え、対面することは稀だった。


 この着地点はゼロヤマトを築いた復古主義者たちが想定していた家庭像とはまったくの別物であった。狂ったふりをしたコンピューターのクーデター、革命であるとコロニー外部のある社会学者は指摘した。

 そのころには去勢することはコロニー内の一般常識となっており、他の社会や歴史について知る機会の乏しいゼロヤマト社会では、この風習に違和感を覚えるものもほとんどいなくなっていた。


 だから、かつて去勢手術を行う医療機関からペアレントコンピューターの管理課へ多額の献金があったことは最早誰も知りえない。ゼロヤマトの行政文書はごく短い保存期間を過ぎると真空炭化処理されてしまうのである。

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30歳になったら去勢されるスペースコロニーの話 真名千 @sanasen

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