貝殻のおとぎ話
浜辺に打ちあがった魚
貝殻のおとぎ話
秋の海はひどくさみしい。あの夏の賑やかさがまったく嘘のように、砂を優しくさらい、荒々しい形の岩をも削る、波の音だけが鳴り響いている。
僕は浜辺に突き刺さっていた流木を引き抜き、杖代わりにし、俯いたまま歩いた。貝殻が落ちてやしないかと思ったのである。僕は足もとに白い貝殻が落ちているのを発見すると、それを拾い上げ、中の模様を確かめ、小さな穴が開いていたり、形が美しくなかったりすると、また地面に捨てた。
貝殻は、どれもぱっくりと割れていた。
どうして割れてしまったのだろう?
手にする貝殻は、それが上の貝殻なのか、下の貝殻なのか僕にはわからなかった。海の流れに身を任せ、連れ添った半身とはぐれて……僕の手元にやってきた。貝殻の片割れは一体どこに行ったのだろう?
浜辺に打ち上げられた貝殻は、もちろんみんな死んでいる。砂の被さった、死んだ貝殻を見ていると、僕はこんなおとぎ話を思い出す。
それは暗い、海の底の話である。
貝殻は「ある秘密」を抱えていた。それは貝殻だけの秘密だった。身体をつつかれても、クジラの呼吸で丸ごと口の中へ飲み込まれても、どこの誰に秘密を聞かれても、その口は硬く閉ざれていた。あるとき貝殻の噂を聞いた、海の王様がやってきた(話によっては王様が漁師になったり、偉大な魚になったりする)。王さまは偉大な口ぶりで、貝殻に秘密を教えるように言った。けれども貝殻は口を割らなかった。王さまは家来に命じて、貝殻の抱えている秘密をはなさせるようにと言った。家来はあらゆる手を尽くした……家来たちの考えうる限り、つらく、苦しく、残忍なことをやった。けれども貝殻が口を開くことはなかった。秘密をはなされることはなかった。しかるに、最後の手段として手下は貝殻の口を無理やり開かせた……貝殻はそうして死んだ。死んだ貝殻は、もはやもぬけの殻であった。秘密は秘密のまま、海の底に消えてしまった。
遠い海から風が吹き、僕の後ろへ流れていった。僕はとうに杖を捨てていて、きれいな貝殻を拾うことに夢中になっていた。左の手のひらには何枚もの記念品があった。それをどうするわけでもないだろうに。何枚か拾って、家に持ち帰ることを決めていた。
貝殻のおとぎ話 浜辺に打ちあがった魚 @huyuyasumi
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