その古びた教会の中で、風雨に晒された石畳の一枚一枚、年月を重ねた樫の梁の一本一本が、千年の栄枯盛衰を静かに物語っていた。砕けた色彩のステンドグラスから漏れる月光は、薄暗い聖堂の内部に幻想的な光と影の文様を描き出していた。この神聖かつ神秘的な雰囲気の中、黒い外套を纏った一つの人影が特に目を引いていた。

その声は低く、この世のものとは思えない韻律を帯びていた。「『鬼谷子』の謀術の章を開く。『謀りには道あり、必ずその因を得て、以てその情を求むべし』」

その詠唱が呪文のように響く中、足元には玄奥複雑な符文陣が徐々に広がり、その中心には「陰陽詭道」の四字が刻まれていた。太古の叡智を宿したその神秘的な文様は、彼の熟練した印を結ぶ手つきの下で次第に実体化し、まるで周囲の光を飲み込もうとするかのように、背筋の凍る青白い輝きを放っていた。

彼の頭上一メートルの空間に、突如として回転する虚空の裂け目が形成され、まるで宇宙の深淵から響くかのような破裂音を発した。その不気味な音が聖堂に反響し、人々の魂を震撼させた。

彼の手には古の歳月を経た法器が握られ、その表面には解読不能な符号と文様が密に刻まれ、息詰まるような神秘的な気配を放っていた。その容貌は古めかしい面具の後ろに隠されていたが、刃物のように鋭い眼光だけが面具の隙間から覗き、真っ直ぐに私を見つめていた。その眼差しに宿る力は、この世の万物の虚妄を貫き、人の心の最奥に潜む秘密まで見通すかのようであった。

「リーン...」突然の警告音が羅熾を夢想から目覚めさせた。警報音が夢と現実の繋がりを断ち切った時、耳に響く激しい心臓の鼓動と共に、冷や汗が額を伝い落ちた。彼は目を見開き、夢の中の神秘的な人物の眼差しが未だに脳裏から離れなかった。その瞳は魂を貫くかのようで、古い教会のステンドグラスの投影の下で特に不気味に見えた...。

部屋のパソコンが再び警告音を発した。竹科市長候補、何安娜の公式フェイスブックコメント欄からの通知だった。何安娜のソーシャルメディアマネージャーである羅熾はベッドから跳ね起き、よろめきながらパソコンの前に向かうと、画面には大量の悪意に満ちたコメントが溢れていた。

羅熾は画面上で次々と現れる悪意のあるコメントを見つめながら、無意識に指で机を叩いていた。シリコンバレーで見た何安娜の理想に満ちた眼差しを鮮明に覚えていたが、今やそれらの攻撃的なコメントが少しずつ彼女の自信を削り取っていた。

画面には何安娜に対する不倫疑惑、博士論文の盗用、公金の私的流用など、悪質な告発が溢れていた。これらの攻撃的な言葉、イメージミーム、侮蔑的な漫画の一つ一つが、候補者何安娜を切り裂く刃となっていた。羅熾は突然の衝撃と重圧を感じた。これらの攻撃は選挙結果を脅かすだけでなく、何安娜に深い苦痛を与えていた。彼は冷静さを保とうと努めながら、すべてのコメントに目を通した。悪意ある言葉や当てこすりの攻撃の中にも、「内部告発者」が提供した証拠を示して理性的な質問を投げかけるコメントもあった。時には、パロディ漫画の創意工夫に思わず苦笑いを漏らしそうになることもあったが、裁判所の判決が出ていない段階では、これらは明らかに残酷な人格攻撃だった。

羅熾は偵察兵を除隊後、シリコンバレーで独特な雰囲気を持つブックカフェを経営していた頃を思い返した。そこは書香とコーヒーの香りが漂う静かな空間であり、テクノロジー業界のエリートたちやスタートアップ企業家たちの交流の場でもあった。まさにこの創造性と思想が交錯するプラットフォームで、羅熾は当時アメリカに留学していた何安娜と出会った。彼らはソーシャルメディアのトレンドやテクノロジーの発展について頻繁に議論を交わし、次第に深い友情を築いていった。羅熾のユニークな視点と幅広いテック業界のネットワークは、何安娜に強い印象を残した。

二年後、何安娜が竹科市長選挙への出馬を決意した際、彼女は躊躇することなく羅熾を選挙チームに招き、ソーシャルメディアの世論分析を任せた。こうして、友情と新たな挑戦への意欲から、羅熾は人文的な雰囲気に満ちたカフェを離れ、激しい政治戦に身を投じることになった。今や羅熾は、かつてカフェでのソーシャルメディアマーケティングで得た経験を、実践的な選挙戦略へと転換し、押し寄せるネット上の攻撃や世論戦に立ち向かわねばならなかった。

羅熾は画面を凝視し、マウスを握り締める指の関節が白く変色していた。「プロフェッショナルだな。ますます手が込んでくる」彼は冷笑を浮かべながら、ソーシャルメディアの管理画面を開いた。各コメントの背後には、まるで精密機械のように整然とした投稿パターンが浮かび上がっていた。

「洪鋒か。またお前か」彼は完璧な規則性を示すデータカーブを見つめながら、あの傲慢な微笑みを浮かべる顔を思い浮かべた。諜報部隊時代に培った敵性通信の追跡技術が蘇り、彼の指がキーボードの上を舞うように動き、不審なアカウントの活動履歴を追跡し始めた。

画面の冷たい光が疲れ切った彼の顔を照らし、データは誰も知らない物語を語りかけているかのようだった。これはただの選挙戦ではなく、真実と虚偽の闘いだった。情報の洪水する現代において、最も危険な敵はスクリーンの向こう側に潜んでいることを、彼は知っていた。

このソーシャルメディア戦に直面し、効果的な対抗措置を講じる必要性を痛感していた。冷静さを取り戻した羅熾は深く息を吸い、この悪意ある攻撃を成功させまいと決意を固めた。ネット上の攻撃が選挙戦の避けられない一部であることを理解しつつも、冷静な分析の結果、この組織的なネット工作の背後には強大な資金力と権力が存在することを悟った。

重責を感じた羅熾は、何安娜のイメージと信用を守る決意を固めた。この重要な局面で、中東で傭兵として出会った戦友、「神棍」の異名を持つ高澈に連絡を取ることにした。

高澈は除隊後、厳しい就職市場の中で自分の居場所を求めて転職を繰り返していた。幸運にも、中国古典への深い造詣を活かし、現在は重要な考古チームのカメラマンとしてだけでなく、ネット上で動画編集者としても活動していた。彼はネット工作の運営論理について、一定の知見を持っているはずだった。

電話越しの羅熾の声は切迫感に満ちていた。「やあ、兄弟。以前、クライアントがネット工作でアカウントを育成していると言っていたが、その手口についてどのくらい知っている？今すぐその情報が必要なんだ」しかし、高澈の返答は羅熾の予想を大きく外れていた。

高澈の声は抑えきれない興奮に震えていた。「羅熾、今、四川の三星堆で発掘調査をしているんだが、驚くべき遺物を発見したんだ！少なくとも四千年前のものだが、二メートルを超える青銅像があり、平らな顔に突き出た目、誇張された耳を持っている。それに青銅の神樹もあって、奇妙な鳥獣が絡みつき、頂上には不気味な人型が立っている。最も信じられないのは青銅の仮面で、縦長の目、高い鼻梁、不気味な微笑みを浮かべている。これらの造形や文様はまるで別世界のもののようで、地球外文明の存在を想像せずにはいられないんだ！」

この話は羅熾の心に強く響き、彼の関心は一瞬にして新たな領域へと向けられた。焦燥感は興奮へと変わり、三星堆の神秘に対する強い探究心が湧き上がった。

羅熾は興奮して尋ねた。「高澈、詳しく聞かせてくれないか？信じられないような話だ！」

電話の向こうで高澈は一瞬考え込み、ゆっくりと語り始めた。「軽々しい結論は避けたいが、これらの発見は人類文明に対する我々の認識を書き換える可能性があるんだ」十分ほど話した後、羅熾は突然ネット工作の件を思い出し、切迫した様子で尋ねた。「兄貴、ネット工作の手法についてどのくらい知っている？もう限界なんだ、至急その情報が必要なんだ」

高澈の話題は依然として古代遺物に向けられていたが、焦りを感じた羅熾は率直に切り出した。「高澈、解決策を提供してくれたら、孫均の水着写真の独占スクープを検討するよ。君は彼女の大ファンだろう？」

高澈の声は途端に情熱的になった。「え！孫均の水着写真！本当か？今まで聞いたことなかったぞ。それなら問題ない！」

十分間の議論の後、高澈は真剣な表情で分析を始めた。「間違いなく洪鋒の仕業だな。彼はネット世論操作の達人で、よく助手に私の動画編集を買わせて、数千のアカウントを育成している。でも、彼の配下のネット工作員の質にはばらつきがある。そこに付け込める隙があるかもしれないな」

羅熾はこのネット攻撃の弱点を見抜き、新たな着想を得た。「何安娜は激しいネット攻撃を受けているが、過度な攻撃は逆に大衆の同情を誘う可能性がある」

彼は逆転の戦略を練った。悪意に満ちた低俗なコメントを残し、論理的な批判は隠蔽することで、対立陣営を理不尽な存在として映し出す。メディアの大々的な報道により、政治に無関心な層にまで対立陣営の卑劣な手法が知れ渡り、敵を自ら掘った穴に落とし込む作戦だった。この計画を思いついた羅熾の口元に、不敵な微笑みが浮かんだ。

電話を切る直前、高澈は「孫均が訪れた海辺は、さぞかし美しかっただろうな」と暗に催促してきた。羅熾は即座に、孫均が二歳の時に両親に抱かれた水着姿の写真を送信した。電話の向こうから「え...これは何だ」という声が聞こえた瞬間、羅熾は電話を切った。

その夜のゴールデンタイム、中立的な報道で知られるニュース局が、何安娜へのネット攻撃とメディアによる圧力を報じ、多くの反響を呼んだ。竹科市の有権者の大半を占める中立層は、なぜ豊富な資源を持つ与党が、支持率で後れを取る無所属の若手女性候補をここまで攻撃するのかと疑問を抱き始めた。

このメディアの騒動は、逆に何安娜への注目度を急上昇させることとなった。羅熾は選挙戦の残虐さと複雑さ、そして大衆心理を操作することの意味を痛感した。

そのとき、対立陣営から怒号が響いた。「バカ野郎！誰が下品なコメントを投稿しろと言った！今回のコメントは全て報酬対象外だ！」洪鋒の怒りの声が部屋中に響き渡った。

この経験を通じて、羅熾は選挙の舞台裏にある複雑な論理を深く理解した。多数決による勝利は一見公平に見えるが、実際には候補者が動員できる資源の格差や、人間の利害関係に基づく大規模なソーシャルメディア工作により、結果の不公平性が生じていた。

これは古代の記録、紀元前500年の古代ギリシャ・アテネの民主制度における、大哲学者ソクラテスの民主制度への批判を思い起こさせた。ソクラテスは遠慮なく公言した。「不健全な民主主義とは愚民による統治に他ならない」この発言が、最終的に民主的投票による死刑判決をもたらすことになった。

もしソクラテスが当時、比喩を用いて「五人家族の中で、大人が二人、子供が三人いるとする。学校に通うか否かを家族で投票する場合、大人たちは教育の重要性を理解しているが、目先のおもちゃにしか関心のない子供たちにとって、学校の意義は明確ではない。結果として、登校に反対する子供たちの三票が、教育を支持する大人の二票に勝ってしまう」と婉曲的に説明していれば、死刑を免れたかもしれない。しかし、おそらく彼はすでに政敵に狙われており、ただ排除する口実を待っていただけだったのかもしれない。だが、歴史に「もし」は存在しない。

夜になり、幕僚長のジェリーは大量の資料を抱えて全員に残業を命じた。「今夜は徹夜だ。メディアの注目が集まっている今のうちに、明朝反撃を仕掛ける。うまくいけば、第三位の票も吸収できるかもしれない」

朝方まで作業は続き、時間が切迫する中、ある幕僚が全ての資料を壁一面に貼り付け、ジェリーに言った。「現時点では、大衆の疑念を完全に裏付ける証拠が不十分なようです。しかし、壁一面に貼れば、少なくとも記者の撮影には私たちの誠意が伝わるでしょう」

幕僚長のジェリーは疲れた表情を見せながら、軽蔑的に言い放った。「豚脳か。説明なんて意味がない。選挙とは対立のない社会を対立させることだ。対立するイデオロギーを作り出し、棄権による保守効果を引き起こすことこそが、選挙に勝つための方法なのだ」

翌日、何安娜はメディアの注目を集めるこの機会を捉え、積極的にメディアを招いて反論の証拠を提示した。一部の人々は証拠を見て、重要な点を回避していると批判したものの、彼女のその場での機転の利いた対応は焦点を巧みに転換させ、有権者の目には権力に果敢に立ち向かう強い人物として映り、対立陣営によるネット工作への嫌悪感を煽ることに成功した。

「みんな、もう一踏ん張りだ。素晴らしい働きぶりだ。我々の戦略は成功し、世論調査で許文德市長と肩を並べるところまで来た。さあ、もっと企画を立てよう」ジェリーは深夜まで残業する部下たちを鼓舞したが、具体的な報酬には一切触れなかった。

投票日まで残り一ヶ月となったこの選挙戦において、何安娜陣営は政治的実績の不足という重大な弱点に直面していた。新進の実績不足な陣営として、注目を集める好意的な報道が切実に必要とされていた。そのため、効果的かつ強力な露出方法を見出すことが極めて重要となっていた。

夜のニュースで、世界中のメディアが注目する画期的なヘッドラインが飛び込んできた。シリコンバレーの技術巨人、レーグ博士の研究チームが量子研究分野で革新的な進展を遂げたのだ。彼らは高効率な核融合発電制御量子計算蓄電装置の開発に成功し、この技術は世界のエネルギー構造を根本的に変革し、人類が長年直面してきたエネルギー不足と環境汚染の問題を解決する可能性を秘めていた。

このニュースは、ウォール街からシリコンバレー、ヨーロッパからアジアまで、まるで爆弾のような衝撃を与え、技術界、金融界、政界で広範な議論と憶測を呼び起こした。さらに興奮を誘ったのは、レーグチームがこの革新的技術の初お披露目の地として竹科市を選び、11月初旬に竹科市工業パークで盛大な技術発表会を開催する計画を立てていたことだった。

これは間違いなく、この技術都市に前例のない注目と機会をもたらすものだった。

幕僚長のジェリーの政治的直感が即座に反応した。彼は鋭く察知した。これは単なる技術の祭典ではなく、竹科市の国際的地位を高め、都市の実力を示す絶好の政治的ショーケースとなるだろう。彼の目には、この発表会は竹科市が世界的な技術中心地へと飛躍する重要な契機となり、さらには恋人である何安娜をより高い段階へと押し上げる機会となるはずだった。

羅熾はテレビ画面に映る見慣れた顔を見つめ、言い表せない感情が湧き上がってきた。レーグ博士は羅熾のシリコンバレーの書店の常連客というだけでなく、知識と叡智に満ちた長老のような存在だった。

毎週土曜の朝、この賢者は約束通りに来店し、人々の中で静寂の一角を見つけるのが常だった。羅熾は常に彼のために最も端の席を確保し、静かにコーヒーを楽しみながら読書ができるようにしていた。

羅熾は、一度レーグ博士に読んでいる本の内容を尋ねた時のことを覚えていた。意外にも、この世界的に有名な科学者が手にしていたのは難解な物理学論文ではなく、人類の遺跡に関する写真集だった。レーグ博士は微笑みながら説明した。「科学と文化の美しさは通じ合っているものです。時として、最も偉大な発見は日常の風景の中に隠されているのです」

ジェリーは選挙戦の極意を心得ていた。緊急に召集されたチーム会議で、彼は分析を展開した。「我々の対立候補である現職の許文德市長は、おそらくこの技術発表会を利用して先手を打ち、レーグ博士に竹科市への投資を持ちかけるだろう。だからこそ我々は行動を起こさなければならない。何安娜の理工系博士という経歴を活かし、レーグ博士との同席の機会を獲得する必要がある。これは我々のイメージを向上させ、論文盗用の噂を払拭するだけでなく、何安娜博士の選挙戦に科学技術とイノベーションの色彩を加えることができる」

「何安娜博士が唯一の理工系博士号を持つ候補者であるという強みを最大限に活かし、レーグ博士の発表会に出席してその焦点となることができれば、これが我々の逆転の鍵となるでしょう」と彼は続けた。

会議の中で、シリコンバレーでの経験を持つ羅熾に重要な任務が与えられた。レーグチームとの接触を確立し、何安娜のVIP参加証を獲得し、レーグ博士との壇上での交流を実現することが求められた。これは羅熾にとって大きな挑戦であると同時に、チームに勝利をもたらす機会でもあった。

何安娜は固い決意を込めた眼差しで羅熾に語りかけた。「羅熾さん、これは単なる発表会ではありません。これが私たちの逆転のチャンスなのです。どのような手段を使ってでも、レーグ博士の支持を得なければなりません。お願いします」

翌朝の薄明かりの中、羅熾は資料の山に囲まれたオフィスで、立ち昇る湯気の向こうからコーヒーカップを握りしめていた。窓越しに見える竹科市の忙しない朝の風景に目を向けながら、彼は重大な課題に直面していた。選挙戦で優位に立つ対立候補がいる中で、いかにして何安娜のための技術発表会のVIP参加を実現し、同席の機会を得て、彼女への支持を獲得するか。その難しい課題が彼の前に立ちはだかっていた。