第20話 エピローグ…

 それから長い歳月が過ぎたが、魔神は人界に進出することはついぞ無かった。

 件の大魔導師が書き残した「全ての存在を喰らい尽くす」という内容に疑問が湧いてくるのは時間の問題であった。

 真に魔神がそのような存在なのであれば、最初に人界で顕現したときに無差別殺戮の嵐が吹き荒れたはずであるからだ。

 しかし、実際にはヴレンハイトやフィレーナたち数人が犠牲になるに留まった。

 そして魔神の行動範囲はより強靭な力を持つ者たちが集う魔界にシフトしたのである。

 これらのことから、魔術師ギルドはこの件について「人界には贄になる霊格を持った存在がいなくなった」ため魔神の脅威は去ったものと考えて手を引いた。

 キー・リンもこれ以上の捜索を独力で協力するのは難しく、やむなくこの件から手を引くことになる。

 探知手段を欠いた<獅子隊>はもはや魔神を追うことができなくなり、10年の歳月を経て別れることとなった。



 以後は<獅子隊>のメンバーについての後日談となる。



 アイオリアは、実家に戻ると兄アイザックの病死を受けて当主になり、家名挽回を賭けて近隣諸侯を平らげ始めた。

 勇猛であるのみならず、長い冒険の中で培った戦術眼は卓抜したものとなり、周囲に抗しうる者はなかった。

 類まれなカリスマも持ち合わせていたアイオリアは、見る間に強大な軍団を作り上げて、四方を平らげていった。

 10余年を経て、その版図は大陸の半ばを覆い「帝国」を称することとなる。

 だが、その在位は短かった。

 皇帝になって数年後、辺境伯の要請を受けて白龍退治に向かい、そのまま帰らなかったのである。

 噂では、白龍は美姫に姿を変え、アイオリアは彼女を伴侶として隠遁したとも言われている。


 アイオリア在位5年目の冬。

 帝国辺境伯の要請を受けたアイオリアは、単独で霊峰に登り、白龍の前に立った。

「白龍よ、我が領内への侵攻、やめてもらえぬか。

 そうすれば、食料として必要な分の家畜は、我が国から渡そう。」

(人間に飼われろ、というのか。

 笑止な。)

「ただ単に、無差別に被害を出したくないだけだ。

 飼う気などない。」

(龍の首に輪を付けるかのような言動、屈辱とみなす。

 我が力、存分に思い知るが良い。)

「困ったな。

 戦う気はないのだが。」

 ガシャリ、と神剣スティアリスと魔盾スレイガルドを構えるアイオリア。

(ほう、矮小な者よ、戦いと呼べるものになると思うてか。)

「どうだろうな。」

 ゴゥッ、と前触れ無く白龍が口から焔を吐いた。

 アイオリアは魔盾スレイガルドを掲げ、何事もなかったかのようにそれに耐えた。

(むっ!?)

 ならば、とばかりに前足で踏みつけてくる白龍。

 重武装しているとは思えない身のこなしで、それを躱すアイオリア。

 たてつづけに、龍の尾が襲いかかる。

 バシィッっと凄まじい音がして、龍の尾がスレイガルドを叩いた。

 アイオリアは全身に闘気を巡らせ、その一撃を受け止める。

 体重から考えれば吹き飛ぶ以外ありえない状況のはずだが、アイオリアはびくともしなかった。

(!?)

 明らかに白龍は驚いたようだ。

 こんな矮小な生き物が、多少手を抜いていたとは言え龍の一撃を受け止めるとは考えられなかったからだ。

「ふんっ!」

 アイオリアが気合一閃、スティアリスを振り下ろした。

 龍の前足が鱗ごと裂け、血が吹き出る。

(ぐっ!!)

 まさか、人の身にこうも容易く傷を負わされるとは。

 白龍は内心驚愕していた。

 この人間は何者なのだ。

 ザク、ザクと斬りつけられ、その度に鱗が断ち切られて血が吹き出る。

 当然と言えば当然と言える。

 魔界に潜ること数十回。上級魔神とすら互角の戦いを繰り広げられる<獅子隊>の戦闘リーダーなのだから。

(調子に乗るな人間ッ!!)

 白龍は、怒りにまかせてやたらめったらと暴れまわるのだが、半分は躱され、半分は受け止められる。

(こんな小動物ごときに…)

 白龍は明らかに狼狽していた。

 次の瞬間、そこに圧倒的な気配が膨れ上がった。

「砕牙獅子吼!!」

 ドオン!と衝撃波が白龍に叩きつけられ、その巨体が浮いた。

 膨大な闘気が鉄をも凌ぐと言われる龍の鱗を貫通し、その内面に想像を超えた苦痛を生んだ。

(ぐっは!?)

 生まれて初めて味わう苦痛に、白龍はあえいだ。

(お前…本当に人間なのか?)

「「まだ」人間のつもりだがな。」

 全身から目で見えそうなほどに濃い闘気をたぎらせ、アイオリアが答える。

「で、まだやるのか?」

(いや…やめておく)

「そうか。

 では、食料分の家畜は送るように伝える。

 下界への攻撃は止めてくれると助かる。」

(わかった。

 …それと、ひとつ。)

「なんだ?」

(我が夫になる気はないか?)

「…はぁ!?」

(我に勝てた雄と夫婦めおとになるつもりでいたのだが、お前は見事に我に勝った。夫に迎えたい。)

「…人と龍では寿命が違うぞ。」

 そもそもそれ以前ではあるが、と内心アイオリアは付け加える。

(ならば、これでどうだ。)

 白龍は突如光を放ったかと思うと、しゅるしゅるとその姿が縮んだ。

 翼や鈎爪、角、尾などの龍としての特徴を残したまま、その姿は、白銀の髪、赤い神秘的な瞳、白磁の肌を持つ美しい人間の女性の姿になった。

「我の血を受けてくれ。

 そうすれば、永き時を共に歩める。」

「…そういうことか。」

 少しだけ考えたアイオリアは、すぐに切り出した。

「俺はアイオリア・レイセントだ。

 お前さんは?」

「シルヴェリアと呼んでくれ。

 我が夫アイオリアよ。」

「国には話を通しておこう。

 俺はここで暮せばいいな?」

「そうしてくれるのか?

 嬉しい。」

 シルヴェリアは花がほころぶように微笑んだ。

 こうして、皇帝アイオリア・レイセントは、帝国の表舞台から姿を消すことになった。






 グインは、魔神戦争を経たその戦歴と実力を買われて大都市の司教に推薦されたが、魔神討伐に失敗した身には分不相応として辞退し、田舎町にある教会で後進の指導に当たった。

 寡黙ではあるが、真面目で人望もあり、並の戦士を遥かに凌ぐ技量を持つ彼は、街の人や後輩たちに敬愛され、鍛錬と祈りの日々を送った。

 後に、グインは戦神からの啓示を受けて霊山に登り、その後、行方が分からなくなった。

 力ある司祭たちの間では、戦神の目に留まって、その近侍として神々に列せられたのではないかと噂されている。

 この話は後に譲る。





 アーサーは、<獅子隊>解散後も各地を放浪していた。

 時折、他の冒険者と組んだり、単独で仕事をこなしたりして、気ままな冒険者生活を送っていたようである。

 ときに戦士として、ときに精霊使いとして、そして時には吟遊詩人として、いろいろな事跡を語り続けた。

 彼はハイエルフと呼ばれる森の住人たるエルフの中でも神代の血が入った存在であり、長らく人の世界を旅し続けていたことが知られている。

 彼の最後を知るものは、はたして何年後にいることになるのだろうか…。




 リョーマは、<獅子隊>解散後、すぐに事跡が途絶えており、その後の行方は不明である。

 冒険者たちは、リョーマが<獅子隊>解散後、失意のうちに人里を離れ、隠棲しているのではないかと噂するがその真偽は定かでない。




 ミザルピオについても、その事跡は明らかでない。

 およそ10年に渡る<獅子隊>の戦いの中で、その第一線で戦士としての修練を積んでいたことは明らかであるが、解散後は氷原に戻ったと言われている。

 氷雪の女王に殉じることができなかったことを悔い、自ら永久凍土で永劫の眠りについたとも噂されている。








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 そして、オルディウスを核とした「魔神」は、長い年月をかけて莫大な力を集め、その本来の力を目覚めさせるべく行動を始めた。

 そう、彼こそは九天幻魔王総龍大君その人である。

 総ては己に掛けられた封印を解くべく仕組まれた遠大な策謀だったのだ。

「あらゆる物を食らう破壊神」は嘘ではなかったのである。

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