ネオン・ファイター

第1話 灰色の夜明け

ネオンシティの夜明けは、灰色に染まっていた。高層ビルが連なるこの都市では、夜が昼を圧倒し、空を埋めるホログラム広告が明け方の太陽よりも強く輝く。空気は常に電子機器の排熱と人々の欲望で温められており、レイ・キサラギはその中で目を覚ました。

彼は廃墟化したビルの一室にいた。部屋は散らかり、壁には古い格闘技ポスターが貼られていた。それはかつてレイが世界を震撼させた時代の遺物だ。背中を壁にもたれさせ、レイはゆっくりと立ち上がり、左目を手で覆う。そこにはサイバネティック・アイが光を反射していた。この都市では、テクノロジーが人間の能力を超える一方で、格闘技は生身の肉体と精神を試す最後の手段として崇拝されていた。

「また一晩中、戦ってたのか？」ドク・ヨシダの声が聞こえた。彼はレイの唯一の友人で、裏社会で名を馳せる医師だ。ドクが持つ工具箱から精密なメンテナンス道具を取り出し、レイのサイバネティック・アイを調整し始めた。

「クロウの情報を聞いたんだ。今日の午後、アキラが新しいデータを持ってるって。」レイは言った。クロウは彼の過去を象徴する男、家族を奪ったギャング団の一員だった。

ドクは黙って頷き、手際よく作業を続けた。「その目、昨夜の戦闘でダメージ受けてた。もう少しで機能停止するところだったぞ。」

レイは右目を閉じて、サイバネティック・アイの視界を確かめる。世界がグリッドで区切られ、数値とマーカーが表示された。まるでゲームの中にいるかのように、敵の弱点や動きを解析できる。

「ありがとう、ドク。今日はいい仕事をしないとね。」レイはそう言って、部屋を出た。外は既に活動を始めていた。ネオンシティの人々は、どんなに早朝でも忙しく動き回る。

レイはビルから出て、かつては美しかったが、今は荒廃した小さな庭園を通った。そこにはかつては花が咲いていたが、今は枯れ木と錆びたベンチだけが残っていた。この庭園は、レイにとって象徴的な場所だった。ここで家族と過ごした時間が、まだ彼の心に残っている。だが、クロウと「ブラックドラゴン」のせいで、それも奪われた。

レイは庭園を通り抜け、地下鉄に乗り、アキラの隠れ家へと向かった。地下鉄は人で溢れかえり、広告ホログラムが乗客たちを欲望の海に引き込む。レイはそれを無視し、思考を巡らせる。クロウ、そしてその背後にいる「ブラックドラゴン」に対する復讐の日が近づいている。

アキラの部屋は、電子機器とコードの迷宮だった。アキラ・タカシはこの都市で最も優れたハッカーで、レイの情報源であり戦略立案者だ。アキラは笑顔でレイを迎え、液晶画面を指した。

「クロウの行動パターンを見つけたよ。昨夜のデータを解析したら、今日午後2時に、この場所で取引が行われるはずだ。」

画面に映し出されたのは、ネオンシティの裏通りの一角だった。そこはクロウがしばしば姿を見せる場所でもある。レイは地図を頭に焼き付け、戦闘の準備を始めた。

「サラ・ミノルも関わってるか？」レイは問うた。サラは「ブラックドラゴン」のリーダーで、レイの旧友にして最大の敵だ。

「彼女の動きはまだ掴めてない。だが、クロウを追うなら、彼女も遠くないだろう。」アキラはそう言って、キーボードを叩き続けた。

レイはアキラに感謝し、自分の武器と装備を確認する。ナイフ、電磁パルス・グレネード、そして彼自身の肉体とサイバネティック・アイ。これが彼の戦いの全てだ。格闘技への信仰が彼を支え、復讐の道を照らす。

時間は過ぎ、午後2時。レイは指定された場所に到着した。裏通りは静かで、どこかから聞こえる機械音だけが空気を震わせる。そこにクロウの影が見えた。サイバネティック・アイがその動きを解析し、レイの脳に情報を送り込む。

戦闘は突然に始まった。クロウはレイの予想を上回る速度で動き、サイバネティック強化された体で攻撃を仕掛ける。しかし、レイは格闘技への信仰と技術で、数歩先の未来を見る。サイバネティック・アイがクロウの攻撃パターンを読み解き、反撃のチャンスを生む。

しかし、クロウは逃げた。レイは追うこともできず、周囲を見回す。そこにサラ・ミノルの存在を感じた。

「また会ったね、レイ。」サラの声が聞こえた。彼女は暗がりから現れ、レイと対峙する。サイバネティックの輝きと、彼女の冷徹な目が対照的だった。

「クロウはただの一員だ。私たちの計画は始まったばかり。」サラは言い放ち、レイの前に立ち塞がる。「お前の復讐心を利用するのも面白いかもしれないね。」

レイは拳を握りしめ、サイバネティック・アイを通してサラを見据えた。この戦いは終わらない。ネオンシティの灰色の夜明けは、さらなる影を生み出す。