鮮魚主婦*魚崎真珠はマーメイド
深川我無
第一尾 大物ざっぶーん♡
今日も海が青いや……
魚崎勝海は堤防の先端に立ち、大海原に目を凝らす。
うねる潮目に小魚の群を見つけると、静かに竿を手に取った。
青物、すなわちブリやカツオは餌となる小魚の接岸に伴って近海にまでやってくる。
勝男は一〇〇グラム近い
リーダーは一二〇ポンド。魚類に不覚は取らない……
慢心も無い……
鋭い眼光は小魚の群に起こる隊列の乱れを見逃さない。
大型魚に追われた小魚が起こす、ボイルと呼ばれる現象。
勝男はボイルが起こる前触れ、気の起こりさえも見抜く眼力を備えていた。
ギラリ……
疑似餌が太陽の光に輝くや、百メートル先までまっすぐに飛んでいく。
どぷん……と音を立て、重たい疑似餌が海面を割った。
テンカウント……
十、九、八、以下省略……
疑似餌が海底に到達すると、勝男は十二フィートある竿の尻を脇に挟み、リズムよく竿をしゃくりながら、リールを巻く。
八回しゃくり、着底を待つ。
その時竿先の糸がわずかに緩んだ。
微細な変化を勝男の目は見逃さない。
一気に糸フケを巻き取り、渾身の力で竿を立てたその時、何処かから悲鳴のようなものが聞こえた気がした。
ふ……とうとう魚の悲鳴まで聞こえるようになったか……
それにしても……
コイツは……
デカいな……!!
右へ左へ、そして海底へ逃れようとする獲物を、勝男は抜群の竿さばきでいなしていく。
大物釣りの極意はタイミングと読み合いなのだ。
三十分にも及ぶ死闘は、勝男の身体にも大量の汗を滲ませていた。
やるな魚類……!
だが、俺の竿さばきからは逃れられんぞ…!?
とうとう水面近くに、獲物が姿を現した。
体長およそ一五〇センチ、重さは四〇キロを超えるだろう。
ターコイズブルーの美しい鱗にブダイの気配を感じるが……
はて?
こんなにデカいブダイなんているのか?
だいたいこの海域に、ブダイなんているのか?
釣ればわかるさ……!
余計な雑念は捨てろ……魚崎勝海……!
「ぬりゃあああ……!」
力を振り絞って竿を立てると、ついに獲物が水面を割って出た。
ターコイズブルーの美しい鱗。
絹のような白い肌。
流れるような栗色の髪。
そして柔らかな丘に張り付く二枚の帆立貝。
「なんじゃこりゃぁああ……!?」
思わず叫んだ勝男と、獲物の視線が交差する。
獲物は頬をピンクに染めて、潤む瞳でつぶやいた。
「なんて素敵な竿さばき……貴方様がわたしのご主人様……? なんて逞し……もファがぁ!?」
「半魚人かぁああ!?」
最後まで言い終わる前に、勝男は叫び声を上げてタモ網で女の顔を覆うと、顎に網の縁を引っ掛けて、強引に地上に引き上げようとする
首に引っ掛かって窒息しちゃう……!?
でも、そんな強引さが漢らしいわん♡
グエッ……苦しっ……
こうして首が締まらぬように必死で網の縁を握りしめた人魚が、釣り上げられた。
ここから魚崎勝男と後の妻、魚崎真珠の物語が幕を開けることになる。
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