自己文学
冷田かるぼ
高校一年生
自己消失
夢を見た。
私は森の中の小さな泉の側で座り込んでいた。わずかに差し込む光が反射してその光景をさらに神聖にしていく。なんて綺麗なんだろうか。
例えるのならば、天使たちの泉だった。そのくらいファンタジックで、到底現実では見ることができないであろう美しさだ。
思わず水面を覗き込んだ。透き通ったエメラルドグリーンの水。そこにはただ木々が映っているのみで、自分なんて存在していなかった。
目が覚めてしまった。つまらない現状が見える。
私はいつも真っ白でまっさらな何もない空間にいた。もちろん実際にではなくて、私の心の中はいつもそんな状態だっただけだ。すっからかんで中身のない人間。それが私だった。
それを満たすために詰め込んだ知識はすり抜けて、私をより機械的にしていく。どうすれば普通になれるのか。普通以上になれるのか。私はずっと普通未満だった。
ある日私は教室で懸命に勉強をする子を見かけた。周りなど見えていないかのように、彼女は参考書と見つめ合っている。
どうしてそんなに頑張れるんだろう。努力しても結果が出なければ意味がないのに。どうしてそんな賭けができるのだろう。私は彼女をただ見つめていた。私の目線に気付くこともなく、ただ問題を解いている。彼女はきっと普通以上の人間なんだろう。努力をすればそうなれるのだろうか?
少々考えて、同じ方法でできるとも限らないという結論に至った。選択肢の一つには加えたが、空っぽの私には努力というものはできそうにない。何をしても空になってしまうから。
結局は無に還るのだ。私の場合、ずっと無であるというだけで。ただ酸素を消費し二酸化炭素を排出するだけの有機物としてここに有る。人間としての社会的な役割を果たさぬまま、人間という分類に収まって虚無を抱えている。
いつか自分の存在が無に呑み込まれてしまうのではないかと思うと、らしくもなく恐怖を感じてしまった。
私は彼女以外にも、多くの普通以上の人間を観察した。彼らは皆努力や才能や性格でその性質を決定付けていた。私にはできないもの。それじゃあ私はずっと空っぽの普通未満なのだろうか。どうしようもないのだろうか。
そう思っていた。そしてまたある日、私は知ってしまった。誰も私のことなど見ていなかったこと。彼女だけでなく、皆私を見て見ぬ振りをしていた。ああ、空っぽどころじゃない。この空の器さえも必要なかった。
じゃあ、私は本当に無なのか。なんだ。単純だった。もしかしたら、器には穴が空いていたのかもしれない。欠陥があったのかもしれない。だから、すぐ流れ出てしまう。
そうか、普通以上にはなれないのか。異常だったから。
なんだか馬鹿らしくなって、ベッドに体を預けた。こんな私でも人間だから眠る。ご飯も食べる。でも、最後に誰かと会話をしたのはいつだろう。声の出し方ももう、忘れてしまった。別に忘れたままでも困っていないのだから、いいか。
だんだんと眠くなってきた。睡魔に身を任せ、眠りにつく。
またあの泉だった。前よりもはっきりした感覚。日差しのあたたかささえ、肌に伝わってくる。
本当に、綺麗な泉。そっと手を伸ばした。水をすくう。日光が反射してキラキラと光る。その瞬間、その手が異常に熱くなった。
「あづッ」
あ、声、出た。自分の手元を見ると、皮膚が溶けて骨が見えていた。本来熱いで済むわけがない。やっぱり夢だからか。
体はどんどん溶けてどろどろの液体と化していく。それでも私は全く痛くなかった。ただ、熱くて仕方がない。骨だけになっていく自分を見ながら、私は自己の消失を感じていた。
どうやら、特別な自分なんてなくても生きていけるらしい。
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