クリスマスの小人たち
佐々井 サイジ
第1話
クリスマスになると、必ず思い出すことがある。
私が十二歳の頃だった。その頃にはとっくにサンタクロースなどおらず、クリスマスプレゼントは親の経済状況で家計に圧迫しない範囲のものが選ばれることを理解していた。とはいえ、私の両親は私に対しての愛情が過剰なほど大きかった。何でも買ってもらえたわけではないものの、何をしても起こられることはなかった。それは私が、実質一人っ子だったからかもしれない。というのも、私には二歳年上の兄がいたそうだ。ただ、兄は幼いころに車道に飛び出して命を落としたと何度も両親から聞いて育った。リビングには小さな額縁に収まった幼い兄が屈託なく笑っていた。私が愛されているのは単に私だけでなく、その面影に兄を求めていたことを何となく理解していた。
だから、テストで百点を取ると夕食が豪華になったり、運動会で優秀な成績を収めると回転寿司に連れて行ってくれたり何かと私が喜ぶことをしてくれた。それでも兄の影が付きまとっていると思うと、何だか素直に喜べなかった。逆に、テストで悪い点数を取っても、クラスメイトの陰口を言ったことがきっかけで先生に呼び出しされても私は両親から怒られることはなかった。それでも今は社会のレールに外れることなく生活できているのは、どこか夢うつつな両親なので、自分自身でなんとかまともにならなければならないと子どもながらに考えていたからかもしれない。その証拠に陰口を言った子に対しては未だに申し訳なく思っている。たまにSNSにその子の様子が流れてくるが、今さら謝罪してもな、という気になる。それは他の人もそうだと思う。
そんな両親は私が小五のときに怪しい宗教に入信した。それがきっかけで成人したことを機に両親とは完全に縁を切った。その宗教は世の中には目に見えない小さな人間、いわゆる小人がおり、その小人に丁寧に対応しておれば幸福になるという。そしてその小人を自宅で世話していると、その幸福になる可能性はさらに高まるということだった。
小五ながら、両親はいよいよ完全にくるってしまったと思った。とはいえ、それを友達に言うと、今度は自分は陰口の対象になることは間違いない。先生も気にはしてくれるだろうが、だからと言って人様の家庭に強く介入はできないだろうとも考えていた。もしも私が虐待されているならまだしも、両親は私のことを過剰に優しく対応してくれているのだ。
小六になる直前、私たち一家は建売の一軒家から百メートルほど離れたところにある家賃三万四千円のアパートに引っ越した。
「ちょっと狭くなるけど由紀のためだから我慢してくれ」
父は何度も私の目の前で両手を合わせて頭をへこへこと下げた。理由は頑として言わなかったが、宗教の影響だろうということは確信した。その頃には私もニュースで宗教に洗脳されて人生が狂った二世や虐待されていた人の特集を何度も見ていたので、逆らえば温厚で過剰に優しい両親と言えど何をしでかすかわからない恐怖があった。だから私は「わかった」とだけ言った。
そのアパートでの暮らしはなかなか大変だった。まず冬は隙間風が常に吹き、布団をかぶっていないと寒くて鳥肌が立つ。しかも夜になると、隣から女の派手な喘ぎ声が聞こえた。その喘ぎ声よりも家族三人でいるときの気まずさほどつらかったことはない。
そしてやってきたクリスマス。私はプレゼントなど期待せずに早々に眠りについていた。でも畳の軋む音に薄目を開けると、赤い服を着た足元が見えた。寝返りを打つふりをして仰向けになり、バレない程度に薄めを開けるとサンタクロースの衣装を身にまとった父だった。父は両手にラッピングした箱を抱え、音がしないよう、私の枕元に置き、すぐに部屋を出ていった。
「起きなかった?」
「大丈夫大丈夫。明日きっと喜ぶだろうな。ああ、早く朝になってほしいなあ」
父と母の囁き声が漏れ聞こえていた。バレバレだよ、と思いつつも家計をひっ迫させてまで私を喜ばせようとする両親にじわりと胸が温かくなるのも事実だった。しかしそれはすぐに冷え切ってしまう。
枕元に置かれたクリスマスプレゼントの箱がごとりと動いたから。
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