青血とパキケファロサウルス娘②
辺りが薄暗くなり始めた、夕方の終わり。
夏生は河川敷を歩いていた。
生徒指導の流れはいつも通り。
親はやはり顔を出さず、担任と生徒指導からの話をもう一度聞いて、解放された。
気分はやはりよくない。
いそいそと歩幅を速め、いつもの橋下に向かった。
川のせせらぎが耳に心地よく、涼しい風が吹き抜ける。
高い背の草も多く、なにより、人気のないのが夏生のお気に入りポイントだった。
夏生の足元に少し大きな石が埋まっている。
それをどかして、土を分けるとビニール袋が出てくる。
中身は煙草の箱と安物のライター。
少し前に、指導がありそうな気配を察知した夏生が埋めておいたものだった。
土を払って、中身を取り出し、一本抜いて口にくわえる。
ライターで火をつけた次の瞬間には、もう沈んだ気分が軽くなっていた。
煙を吐き出すと、それが夏の到来をつげつつある、湿気を含んだ風にさらわれていく。
「はあ――――‥‥‥‥ダルいな…」
ため息にも似た、煙を吐き出し、静かに目をつむる。
夏生の耳を、穏やかなせせらぎだけが支配した。
思わず笑みがこぼれると、不意になにか、パサパサしたような、感触の悪い、何かを振っているようなノイズが混じってくる。
「フレーっ!フレーっ!なつくん!今日も1日、おつかれさまぁ―――!!」
パサパサパサパサ
夏生が目を開けると、いつの間にか目の前で、黄色いポンポンが揺れていた。
頭が骨で、首から下はチアリーダーの恰好をした少女が、元気いっぱいにポンポンを振っていたのだ。
「やめろよ。そのポンポン……耳触りでうるさいんだよ」
「ええぇっ!嫌だったんっスか!?でもじゃぁ‥‥…どうしたら……これからどうやってなつくんを応援すればいいんスか?」
「知るかそんなこと!っていうか、煙草吸うたびにいちいち出てくんな!」
いつから現れるようになったのか、正確なことを夏生は覚えていない。しかし、初めて見えるようになったときの衝撃はよく覚えている。
頭部の骨は、親戚の男の子いわく、パキケファロサウルスという恐竜のものでインパクトは十分だった。なによりも奇妙なのは、実は頭部ではなく体の方。
青を基調とした、黄色のラインがはしるノースリーブのトップスに、ミニスカート。しなやかに伸びる手足に、ポンポンとともに揺れる胸元。
さすがの夏生も初めは戸惑った。
しかし、元来、夏生はあまり、何事にも動じない冷静な性格だった。
いつからか、それを受け入れ、というより深く考え無くなり、変わらぬ日常の風景としてしまった。
「なんか、なつくん……今日、いつにも増して元気ないっスね。また学校でなんかあったんスか?」
「……何もないよ。毎日がつまんないのはいつものことだし。どうしてそう思う?」
「なつくんの顔を見れば一発っスよ!浮かない顔してるっス」
「‥‥…僕はいつもこんな顔だよ。……悪かったな」
「わ……悪いとは言ってないっスよ!!ほ、ほら……クールな感じでかっこいいっス!目も……あ!死んでる感じが最高っス!!」
「僕の目……死んでんだな………」
「やべッ……あ、いや‥‥…死んでないっス!なんていうか暗い?……ダークな感じっていうか……」
「‥………」
「ぐああああああ――――ッ!!!そんなジト目で見ないで欲しいっス!!自分、馬鹿なんで、なんて言えばいいか、わかんないっス!!」
パキケファロサウルス娘は、髪の毛でも搔きむしるように、手にしたポンポンをせわしなく振り回していた。
そんな様子を夏生は煙草をふかしながら見ていた。
知ってか、知らでか…こういう時の夏生の顔には優しい笑顔がある。
夏生にとっては、唯一心安らぐ時間だった。
パキケファロサウルス娘をからかいながら、2本目を箱から取り出そうとしたとき、向こう岸の橋下に自転車が一台、坂をくだってやってきた。
自然と、夏生の体制が低くなる。
「……めずらしいっスね。ここってあんまり人が来ないのに」
「うん。‥‥…っていうか、お前も隠れろよ!見つかるだろ!」
「へーきっスよ」
どこか余裕のパキケファロサウルス娘の態度に、夏生は冷や冷やしながら、注意深く自転車の人物を観察した。
坊主頭で、多分高校生。泥だらけの服で……部活帰りか?
夏生の予想は的中しており、坊主頭の高校生は鞄からグローブを取り出して装着すると、ママチャリの籠からサッカーボールを取り出して、橋下の壁に向かって投げ始めた。
「ほぇ―スポーツマンっスね。でもなんでまたこんなところで?」
「さぁ?……たしかに広いスペースはあるけど‥‥…」
観察を続ける間にも、少年は黙々とボールを投げ、跳ね返ってきたものをキャッチしていた。
それは一定のリズムで黙々と続けられた。
川のせせらぎに、ポンポン。それにサッカーボール。
なんだか騒がしくなってきていた。
気づかれないと確信して、2本目に火をつけ、夏生はしばらくその背中を遠くから見つめていた。
その間、パキケファロサウルス娘は足を上げたり、ポンポンを投げたりして、なにやら技を磨いている。
ポンポンを放り投げ、宇宙からやってきた時間制限付きのヒーローのようにバク転しながら夏生の前を横切っていく。が、夏生の目がどうしても、坊主の少年の背中から離れることはなかった。
着地と同時に、見事落ちてきたポンポンをキャッチしたパキケファロサウルス娘がしびれを切らして、不満げな態度でつかつかと歩いてきて、夏生の隣に腰を下ろした。
「なつくん、今の…自分のアクロバット見てたっスか?」
「うん‥‥…あ――…見てた見てた」
「絶対ウソっスよね!ちゃんと見ててほしかったっス!!……っていうか、そんなに坊主の彼が気になるなら、話しかけに行けばいいじゃないっスか?」
そこでやっと夏生の意識が、隣に向かった。
「はぁ?なんでだよ!……別に気になってるわけじゃねーよ」
「なつくんってば、意外と乙女チックっスよね~」
表情は骨なので、分からなかったが、その声色がニタニタしている。
「だから、なんでそうなるんだよっ!」
こいつ、馬鹿な想像してるんじゃないか?……実際馬鹿だからありえるな。
そう思いながら夏生は続ける。
「お前が思っているようなことじゃないよ。ただ……ただ、なんであんな無駄なことしてんのかなって思っただけだ」
「無駄?‥‥…何が無駄なんっスか?」
怒っているわけでも、自分を責めているわけでもない。
純粋単純な、パキケファロサウルス娘の心からの疑問。
夏生は言い淀んで、もごもごするばかりだった。自分でもどうして自分が怒っているというより、焦っているのかが分からなかった。
「‥…なんにせよ、話しかけにいったらいいじゃないっスか。別に何か、なつくんが損することもないでしょ?少しは、そのいいようもない焦りの答えが見つかるかもしれないっスよ?」
「おまっ……なんでそんなこと……」
言い終わらないうちに、ポンポンを放り出したパキケファロサウルス娘に手を引かれ、立ち上がらされていた。
ふらつく夏生の背中を、パキケファロサウルス娘が力強く押し出す
「いってぇ!なにすんだよ!」
「ほらさっさと行くっスよ!当たって砕けっス!」
パキケファロサウルス娘は、自分の頭をコツコツと指でつついてそう言った。
パキケファロサウルスは、その自慢の石頭で、厳しい時代を生き抜いてきたというのが定説だ。
「それを言うなら砕けろだろ……っていうか、砕けちゃだめだろ。あークソッ、分かったよ…」
夕方はまだ終わらない。
夏生の頬は西日に焼けて赤くなっていた。
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