青血とパキケファロサウルス娘
ミナトマチ
青血とパキケファロサウルス娘①
生徒指導室の西日はキツイ。
光の剣のように差し込む西日に目を細めていると、目の前の教員の片眉がさらに吊り上がった。
「津村……なんだその眼は?」
「……はい?いや、西日が……」
「なめてんのかッ!自分のしたことをもっと考えろっ!」
机をたたく音と、体育教員らしい吠えるような怒号が一気に部屋の中を駆け抜けていった。
生徒指導を担当する
「だいたい、お前何度目だ?これは毎回、毎回、毎回、お前に言っていることだが中学生が喫煙するのは法律違反なんだぞ!?自覚はあるのか?」
「あります」
「じゃぁ、いったいどうしてするんだっっ!分かってない証拠だろうが!!」
もう一度机が叩かれ、机の悲鳴にも似た鋭い音が響き渡る。
夏生にも、そういうことをしている自覚が頭でははっきりとあったのだが、だからと言ってやめようと思ったことは一度もなかった。
「今回はどうやって手に入れたんだ?」
「言えません」
「‥‥‥‥お前また……だから、毎度自分の状況が分かってんのか?」
「同じです。相手に迷惑がかかるので、言えません」
松材の顔がどんどん赤黒くなっていくのが夏生には分かった。
初めは小学校が同じ先輩の、界隈では有名な友達の人からもらった。
甘い味のする煙草だったように記憶している。
それが妙に懐かしいような、安心するような、体に自然と一本筋が通るような奇妙な感覚を覚えた。
夏生はそこから、いろいろな手段を講じて、煙草を求めた。
最終的に行きついたのは、隣町にあるアパートと米屋の間でいまにも押しつぶされそうになっている古ぼけた煙草屋だった。
これも紹介があって見つけた店だったのだが、店にも負けず劣らずの古ぼけた老人が一人でやっている。その目は、見えないのかと思う程細んでおり、そのせいか夏生は年齢確認などをされたことは一度もなかったのだった。
夏生の心に、迷惑がかかるという人間らしい良心も、たしかに存在してはいたのだが、多分にその店が無くなっては困るという打算があった。
「迷惑ってな……なぁ、津村。いつも言っているだろう?悪いようにはしないって。俺はお前の体のこととか心配してんだぞ?お前はまだ中2だ。しかし、社会のルールってもんはある。それを守るのに大人も子どもも関係ないよな?」
「はい」
「悪い事してるってちゃんと反省してんのか?」
「はい」
「じゃぁ、そういうことが今後無くなるよう、どこで手に入れているのかも教えてくれ」
「できません」
そう言い切った瞬間。
椅子を蹴り飛ばすように松財は立ち上がった。
夏生が身構えた頃には、その剛腕が、すっと自分の首元まで伸びてきていた。
その腕が、胸ぐらをつかもうとしたその刹那。
生徒指導室の扉が開かれた。
「‥‥…遅れてしまいすいません。……あの、どうして2人して立っているんですか?」
夏生の担任の
もう少しというところで邪魔が入ってしまい、夏生は誰にも気づかれずに一人で肩を落とした。
「あ‥‥…いや、‥‥…その……」
バツが悪そうに眼を泳がせている松財をよそに、今起ころうとしていたことを涙ながらに訴えようとしたが、夏生は梅高の頼りなさげな顔を見てやめた。
この30そこそこの女性教員に話したところで何も変わらないような気がしたからだった。
「‥‥…津村くんは少し待っていて下さい。松財先生、ちょっと……」
松財がいそいそと教室を出ていくのを尻目に、夏生はゆっくりと席について虚空を見つめた。
耳を澄ませば、担任たちの声がなんとなく聞こえてくる。
「………してみたの‥‥‥‥通ながらなくて‥‥‥‥すれ‥‥…」
「またですか………本人にまったく反省の‥‥‥‥では、この件は‥‥…」
「いえ、それは
どうも、親はこないらしい。
だが、夏生にとってはどうでもよかった。
それは分かりきっていることであり、この後の流れも分かりきっていたからだ。
目を閉じると、遠くの方で、女子テニス部の声が聞こえてくる。
ラケットに跳ね返る、ボールの音に紛れた、甲高い声。
夏生はすっと立ち上がって、窓の傍へよった。
女子テニス部が一列になって、顧問が打ち出すボールを打ち返していた。
西日が、かなたに見える山へ落ちていく。
夏生は勢いよく、カーテンを閉めた。
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