九夏狐

言葉

序章


「ねえ、君はどうしていつもお面を付けてるの?」

 それは、幼い誰かと誰かの記憶。

 とても、とても、暑い夏の日だった。



 少女は生暖かい風を浴びながら、目を細め少年を見つめた。

 少女の視線を感じた少年はふ、と少女から逃げる様に背を向け俯いた。

「そろそろあなたの名前教えてよ」

「……僕に構わないで」

「嫌だよ、まだあなたの名前も顔も知らないんだもん」

 少年は狐のお面を付けて素顔を隠していた。その理由は分からない。

 きっと、それは少年にしか分からない理由なのだろう。


 そして、少年は……。



 薄らと残る記憶。

「私ね……あなたが好き!」

 少年と何度か会う内に少女の中で、少年に対する恋心を抱き始めた。

 少女はあまりにも純粋で真っ直ぐで────。

 その感情を感じるまま素直に告げた。

 だが、少年にとっては少女が自分に対して抱く感情に遣る瀬無い気持ちになっていたのだ。


 だって─────────。


「……僕の名前も顔も知らないのに?」

 そう、今だに少女は少年の顔どころか名前すら知らないのだ。

“そんな僕にどうして”

 少年がそう思ってしまうのも無理はない。

 だがそんな少年の心情などお構いなしに少女は、

「たしかに私はあなたの事何も知らない。でもそんなのはどうでもいいの。何も知らなくたって私があなたを好きだって気持ちは変わらないもの」

 と、少し頬を染め小っ恥ずかしそうに少年をじっと見詰めてからすっと顔を背けた。

 そんな少女の反応を見て少年は内心動揺したのは言うまでもなく、暫く無言のまま思考を巡らせていた。



────『……ね? それなら約束』


 それは幼いなりの決意で、

 二人にとってもとても大切な“約束”となった。

 


「……懐かしい夢を見た、な」

 手足を鎖で繋がれている狐の仮面を被った少年。

“その日”から全く変わらぬ姿のまま、ただひたすらに待ち続けている。

 ずっとずっと……。

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