逃げぬも時には道開く

プロローグ

「なあ、豚野郎!今日もブクブク太ってんなあ!」


 ああ、またか。


 後ろの席から聞こえてきた声を皮切りに、教室全体が笑い声で包まれた。誰のことを言っているのかなんて、考えなくてもわかる。

 

 生まれつき浅黒い肌に、目つきの悪い一重。

 何より、クラスメイトにドン引きされるレベルで、豚みたいに太った醜い体。

 顔も、腕も、お腹も足も、体のパーツすべてがパンパン。イメージで例えるなら、お中元とかでたまにもらう、紐のかかったちょっといいハムって感じ。

 

 分かってるよ、分かってるから。だからもう、わざとみんなに聞こえる声で言わないでよ。

 そう言いたいのに、言葉が喉の奥に詰まって出てこない。

 

「おい、豚って意外と体脂肪少ないんだからな?豚に失礼だろ」


 また教室がドッと沸く。

 

 ノートに視線を落として、無理やり無関心を装った。でも、手が震えて文字がうまく書けない。ページの端がじんわり濡れているのに気づいて、急いで袖で拭う。

 これ以上何か言われるのが怖いから、絶対に泣いてるところなんか見せたくなかった。


 私は望月暖もちづきはる、中学2年生。


 クラスのリーダー格・野村亮樹にいじめられるようになり、半年が経つ。最初は野村くんが私の容姿をからかうだけだったのが、気づけば今ではクラス全体を巻き込んで、私を笑いものにするようになっていた。

 

 彼らはきっと、私をいじるのがただの遊びだと思っている。豚だのブスだのと言われるたび、私がどれだけ自分を嫌いになるかなんて、考えたこともないんだろう。


 まあ今の状況はたしかに辛いけど、私にとって一番辛いのは、お母さんを悲しませることだ。

 幼い頃から、父親がいなくても何不自由なく過ごせているのは、お母さんが身を粉にして私のために働いてくれるから。


 だから、ちょっとくらい辛くても、傷付いても、お母さんにさえバレなければ、それでいい。

 ――――それでいいと、そう思っていたはずなのに。

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