場所の記憶を読む少女【カクヨムコン10短編参加作品】
たけりゅぬ
第1話
―――あたしは場所の記憶を「読む」ことが出来る。
場所には様々な記憶が刻まれている。
この場所なんかいやな感じするとか、来たこともないのに懐かしいとか、誰でも感じることがあるだろう。
心スポなども様々な記憶が堆積している場所と言える。
その話柄になっている出来事や人の記憶もそうだが、その場の所有者や訪れた人々の記憶も残っていて、それらが折り重なってその場所の記憶を形作っている。
ただその記憶は誰も語る者がいないので表に出ることはない。
霊感がある人は何かを見たり聞いたりするというが、あたしに霊感はない。
幽霊や生き霊を見たことはないし、オーラや人の前世を透視したこともない。
その代わりに、あたしに見えているのは糸だ。
その場所に編み込まれた沢山の糸なのだ。
赤、黄、青、紫、黒、白といった色の糸、
悲しい、嬉しい、楽しい、恨めしいといった感情の糸、
固い、重い、すべすべ、柔らかといった状態の糸と様々だ。
その一本一本が誰かの記憶で、あたしは糸に触れるといつでもその記憶を「読む」ことができるのだった。
そんなだから、気を抜くと糸たちにがんじがらめになって動けなくなることがある。
重い記憶のときなどは特にそうで、うつうつとした気分になってその場に蹲ってしまうことさえある。
だから普段は極力気にしないようにして生活している。
変な噂のある場所で糸に触れるなんてもってのほかなのだ。
とはいえ、すべてが危険な糸ばかりではない。
中には読んで楽しいものもある。
いつぞやなど、大学前の横断歩道で信号待ちしてた時、目の前の糸に魅かれて後先考えず触れてしまった。
触れて見ると、いつの時代か分からなかったが不合格した受験生の父親の、裏金入学を申し出に来た記憶の糸だった。
最初は昭和のドタバタ喜劇のような面白さで引き込まれていた。
しかし父親が門前払いをくらいながらも息子を想って手を変え品を変えて挑戦し続ける姿にだんだんと絆されて、最後は、頑張れお父さん! ってなっていた。
そういうこともある。
そんな時のあたしは無防備でその場所に佇んでいるわけだが、気付くと必ず大学のゼミでお世話になっている鞠野先生が側にいてくれる。
鞠野先生はあたしがこの状態になるとどこにいても飛んで来て、側につきっきりであたしが記憶の糸を読み終わるのを気長に待っているのだ。
それで読み終わると、どんな内容だったか根掘り葉掘り聞いてくる。
少しうざいのだが、中学生で鞠野先生に会った時からの、これはお約束。
鞠野先生と初めて会ったのは中1の夏だった。
それまでのあたしは勝手気ままに記憶の糸を読んでいたが、フィールドワーカーの記憶の糸をN市で偶然見付け、それを読んだのをきっかけに真似事をするようになった。
図書館に行って本を漁り、ネットで情報を収集しながら、自分なりの調査方法を探っていたころだった。
中学最初の夏休みが近づいていた。
あたしはせっかくの夏休みは近所でなく遠くの町へ行って調査をしたいと思いつき、長期外泊を養父母に頼んでみた。
養父は最初渋っていたけれど、あたしがしつこく説得して、養母が一緒ならばということで許可が下りた。
あたしが選んだ夏休みのフィールドはN県のT山郷だった。
山奥の斜面ばかりの村だが、多くのフィールドワーカーが記録を取りに行く、その道ではよく知られた場所だった。
霜月の湯立て神事で有名なところだ。
そこを知ったのは『T山物語』という本を学校の図書館で見付けて読んだからだった。
最初は柳田國男の『遠野物語』みたいフォークロアを扱ったものかと思ったけれど、読んでみると似ているのはタイトルだけで、中身は立派な地域エスノグラフィーだった。
あたしはT山郷に実際に行って、記憶の糸と引き比べながら本に書かれたことを辿って見たくなったのだった。
さすがに養父母も一ヶ月は許可はくれなかったが半月の約束は取りつけることが出来たのだった。
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