第3話

倒れた当主様のそばに行くと、血が流れている様子はなかった。


それでも、高位の妖にやられたのは間違いないだろう。体の状態を見ようと仰向けにして、驚きのあまり目を見開いた。


当主様は、呪われていた。上の服を脱がせて確認すると、右手から肩にかけて呪いのせいで肌が黒く染まっていた。首の一部も黒く染まっていて、呪いが暴走している。


呪いの進行具合から、今日の妖にやられたものではなさそうだった。こんなに呪いが早く進行するはずがないから。


でも、当主様が呪われるほどの強い妖が現れたという報告は、聞いたことがない。色々疑問に思いながら、仕方なく、呪いの解呪に特化している式神を呼び出した。



清乃きよの、できる?」

「強すぎる呪いのため解呪はできません。主様の残りの霊力のことも考えて、暴走を抑える程度ならできますよ」

「うん、お願い」



清乃が手をかざすと、ごっそりと霊力が減った。予想外の減り具合に、九尾の狐か鬼、烏天狗等の最高位の妖が呪いをかけたんだろうなと予想して、暴走が落ち着いた呪いをよく観察した。


皇家の当主様にかけられた呪いは、霊力を使うと呪いが進行して最終的には命を落とす、術者には致命的な呪いだった。


式神による解呪は不可能。解呪するには、呪いをかけた妖を退治するしかない。でも、最高位の妖は滅多に姿を現さないし、行方も分からないから解呪するのは絶望的だ。



「やば……眠い……」



霊力の減りすぎで意識を保っていられないほどの睡魔が襲ってきた。そんな強力な睡魔に、抗うことができず、倒れている当主様の横に私も倒れて眠ってしまった。


◇◆◇


ガッツリ寝て目を覚ますと、資料室ではなくて知らない部屋の布団に寝かされていた。どこだここと、まだ働かない頭で考えていると、誰かが入って来た。



「起きたか。調子はどうだ」

「大分いいです…?」

「なら、早速本題に入らせてもらう。紫藤蓮花」

「はい」

「俺に何をした?」

「何、とは?」

「俺にかけられた呪いを見ただろ。その呪いは常に俺の霊力を喰らって呪いの範囲を広げる。それなのに、意識を戻してから今の今まで霊力を喰らわれていない。そばに倒れていたお前が何かしたとしか思えない」

「ああ、それ、霊力使わなくても進行するんですね…私がしたことは解呪に特化した式神に暴走を落ち着かせるようお願いしただけです」



霊力を使わなくても保持しているだけで呪いが進行していくなんて、厄介すぎる呪いだ。霊力があればあるほど、その厄介さはとんでもない。


当主様は霊力がある方だから、そこら辺の術者より残された時間は少ないだろう。



「解呪に特化した式神だけか?」

「他にもいますけど…」

「何体いる?一度に何体出せる?」

「今は六体で六体とも出せます」

「……化け物か?」

「人間です」



術者は全員、式神を一体は必ず自身の霊力で作っている。作るのにごっそり霊力が減るし、式神が力を使う時も自身の霊力が減る。

しかも、人型の式神の場合は、霊力の減り具合が動物とかの式神と違って早いけど、力の差は圧倒的に人型の方が強い。

だから、人型の式神を持っている術者は他の術者から尊敬や畏敬の念を抱かれる。ちなみに、姉は尊敬の方で、私は畏敬の方が多い。

化け物呼ばわりはよくされるし、ドン引かれることも多々ある。慣れて何も思わないけど、まさか当主様までそう呼んでくるとは思わなかった。当主様は、高位の妖を倒せるほど強い人だと噂されていたし。



「これはいつまで効果が持つんだ?」

「明日の朝にはなくなってるんじゃないですか?」

「そうか…紫藤蓮花」

「はい」

「俺と結婚してほしい」

「は……??」



当主様の予想外の発言に、思考が停止した。何でいきなりプロポーズなんてされたのか、全く理由が分からなくてからかわれてる?と思ってしまうくらい、頭の中はパニック状態だ。



「……頭にまで呪いの影響が?」

「当主に向かって無礼な口を叩いた処罰を言い渡されたいか」

「アッ…イイエ」

「なら早くこれを書け」

「いや、いきなり結婚しろなんて言われて結婚しますって言う人間いないと思います」

「皇家の当主の嫁になりたいという女は腐るほどいるが?」

「残念ながら私はその女の方達とは違う考えなので…」



当主の嫁とか絶ッ対に面倒くさい。跡継ぎとか特に。私は姉がいるから結婚する気なんてないし、家の皆、私が結婚できると思っていない。


あと、当主の嫁になんてなった日には、今のサボりもできなくなる。毎日、姉のように妖退治して回るなんて無理。面倒くさい。


だから、当主様と結婚なんてお断り案件だ。呪いのことは他言しない、必要であれば清乃にお願いして呪いを落ち着かせるからと言えば、結婚は免れるはずだ。



「呪いのことは他言しませんし、必要であればその都度呪いを落ち着かせるよう式神にお願いするので結婚はお断りさせて下さい」

「無理だ」

「何故…?」

「紫藤家に結婚の報告をもうしてある」

「は?」


丁重に断った後に、後出しで逃げ道を塞いできた当主様を殴りたくなった。処罰されるのは嫌だから殴れないけど。

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極度の面倒くさがりは当主様と離婚したい @usagi_1012

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