第28話
「どうもこうもない。この家は今日で終わりだ。皆、実家にでも帰りなさい」
外に働きに出された使用人は、突然帰れと言われても帰る場所などない。
それは江蔵も重々承知しているが、そうするしかなくなったのだ。
「桜和、お前も荷物をまとめるんだ。当然持ち歩ける分だけにしなさい。あとは置いていく」
「嫌です。私はここにいます」
「会社が潰れた。莫大な借金だけが残っている。明日、タチの悪い借金取りがここに来るだろう」
伯爵の爵位を賜っている菊地家は元々資産家だった。
明治の世になり諸外国との貿易もさかんになったことから、江蔵は先祖から受け継いだ資産を元手に輸入業の会社を営んでいた。
しかしそれがうまくいかず、借金が増え、ついに倒産に追い込まれてしまった。
「タチの悪いって……」
裏街道を行く怖い人たちが大勢で押し寄せてくるのを想像した桜和は、顔から血の気が引いた。
なにか危害を加えられるかもしれない、と。
「お、お金さえ返せば免れるのですよね? それなら野宮のお義父様に話して助けを求めましょう」
野宮家は公爵の地位にある。ほかとは比べ物にならないくらいの資産家だ。
煌太郎と桜和は婚約しているのだから、野宮家に相談すれば力を貸してくれるのではないかと桜和は思った。
みっともない話だが、使用人を含め一家が路頭に迷うくらいなら頼るべきだ。
「断られた」
「……え?」
「頼られても困る、沈む船には一緒に乗れない、と言われたんだ」
「そんな……」
煌太郎の父は品がよく、どんなときでもおおらかにかまえている人だった。
息子が気に入った娘なら、と桜和との縁談もすんなりと認め、来春の婚礼を楽しみにしてくれていた。
そんな温厚な人物でも、自分の家が傾くかもしれないような事柄には巻き込まれたくないと判断したらしい。
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