仏師は、踏みつけられし者の抗弁を聞く

肩ぐるま

仏師は、踏みつけられし者の抗弁を聞く

仏師は、次の仏像に取り掛かろうとして、はたと手を止めた。

昨夜、山中で見た夢が気になった。

「はて、あのとき餓鬼は、何を言っていたのだろう」

仏師は、夢を思い出そうと試みた。


あのときは確か、首をめぐらして、背後に、二列に並んだ蝋燭の灯がどこまでも続いているのを見た。

そして、『何だ、これは、夢か・・・』と、いぶかしみつつ前に向き直った仏師は、今度はノミと槌を握っていた。

目の前には、巨大な足があり、その足は何者かの頭を踏みつけていた。踏みつけられた者は首を不自然にねじ曲げ、顔はまだ荒削りな下彫りのままだった。

『そうじゃ、餓鬼を仕上げてしまわぬと』

仏師は、あらためて彫りものにとりかかった。

額のしわを掘り、苦痛に歪んだ口元を彫ったとき

「この足をどけてくれ」

彫られている最中の餓鬼が苦しそうにうめいた。

仏師はかまわず手を進め、目を掘り出した。

「なぜ貴様は、わしを彫る」

再び、餓鬼が口を利いた。

「わしは、生まれながらにして人の足の下じゃ。なぜ、主は、わしをこのように彫るのじゃ」

仏師は手を止めて、餓鬼を見た。そして、答えた

「餓鬼は、踏みつけられるものと決まっておる」

「それでは主は、踏みつけておるのが誰か知っておるのか」

理屈を言ってくる仏師に、苦笑いしながら

「仏様に決まっておろうが」と応えると

「ふん、嘘をつけ。いや、お前が知らぬだけかもしれんがな。わしを踏みつけおるのは、仏なんぞではないわい」

「黙れ、餓鬼のくせに」

今度は、上の方から大きな声が聞こえた。

驚いた仏師が見上げると、太い足から続く巨大な体躯のさらに上から、厳つい顔が見下ろしていた。

「ぐぉおお、痛い、痛い、そんなに強く踏むな」

餓鬼が悲鳴を上げると

「餓鬼に口はいらぬぞ、仏師殿」

仏師は、驚きながら

「しかし、口が無くては顔にならぬ」

と、見上げて応えると、今度は下の方から

「わしは餓鬼ではない」と、声が上がる。

「うるさい餓鬼じゃ。黙らぬと、もっと強く踏んでくれようぞ」

「いっ、痛い、ぐぉおおお、ぉおおお」

奇怪な会話を聞きながら、仏師は耳を閉ざして仕事を進めた。

鳥のさえずりが山野の目覚めを告げ、ようやく朝の光が空に満ちた。

消えかけたたき火の前で眠っていた仏師も今度は本当に目を覚まし、寒さに身を震わわせた。

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