大衆のあいまいな意思は空を黒く染め上げた
ラジオ・K
チーズ牛丼
町は異国の聖人、彼の生誕を祝うイルミネーションと音楽であふれかえっていた。ちょうど霙であることも幸いして、黒檀色の水を跳ね除けながら進む足音はどこか浮かれているようだった。
一昔前はこういった空気になじめない者が大勢いたらしい。若いのだけではなく、半世紀近い幸運を享受したものまで。「空気」を半ば強制され、そうしないと惨めな気持ちになるのだとか。……全くもって
耳元にくぐもった歌が流れこむ。
We Wish You a Merry Christmas And a happy New Year~♪
ひどい皮肉だ。
意味がないと思いつつ、襟巻をぎゅっときつく締めることで季節越えの寒波に抗う風を装う。突然の風に幾人かの通行人が驚きの声をあげる。何かの拍子に防具がぶつかる音がする。みな、自身の指向に則った
需要があるから供給がある。
その法則通りにこの季節になると多くの店は「おたかい」ものをこれでもかと出す。もちろん需要は(その通りに)これに答える。周囲を行き交うカップルたち。片手には法則通りのものを。もう片方には絆を。
……自分には関係ないことだ。
そう思いながら目的地に急ぐ。
「いらっしゃらせー」
「牛丼の大盛り。あとチーズも」
「はいー」
店内はガラガラだった。当たり前だ。わざわざカップルで来るところではないと空気が主張しているから。
「牛丼大盛りチーズつきでーすごゆっくりーぃ」
やる気のない店員と一瞬だけ目が合う。疲労や諦念、そして侮蔑の色彩は直後にほんのわずかに驚きが混じった。
何の変哲もないチェーン店だ。
私の目の前には出来立ての丼。箸を使うことは大層な苦労があるので、匙でいただく。非日常の中でも日常がある、と主張するかのような味だ。うますぎず、不味くはない。健康に悪いかもしれないが、いつ食べても一定の評価ができる味。半分が過ぎたら七味や紅ショウガを入れて変化させるのもいいだろう。
――友もそうしていた。
――友は純粋で、善人で、勤勉で、どうしようもなく愚かで…………歪んでしまった。
体が弱かった彼女はいつのころか動画サイトを見るようになっていた。そこで集めた知識は偏りこそあれど、膨大で、同年から見れば碩学のようであった。
知識は力に弱かった。
引きこもり、より「勉学」に励むようになった友は、その比重をますます増やし、相応以上の右を向くようになっていた。
「そういった」偉人の著物を観漁り、所作を真似するようになっていた。
次元のはざまにある集いによく参加するようになっていた。
友は数少ない種別を持っていたがゆえに、あっという間に受け入れられ、徐々に同志を引き入れるようになった。
「彼ら」はやがて大勢の不満を一手に引き受け、既得への激しい攻撃をすることによって大衆の支持を得た。
知識は力を得た。
力の根源は理想だった。
そして行使した。
私は彼女のことをとても遠い存在であると、いつしか思うようになっていた。だが、友は誰が何と言おうと、友だった。
「キミは僕の最初の
ちょうど白い雪と透明な雨が降るこの日、この店、この席、そして、この丼。
友同士のささやかな思い出。
だから私は毎年必ずここを訪れ、どこかで見守る友のために祝杯をあげる。
次の年も、見守ってくれますように、と。
「ありがとございやしたー」
煤に汚れた防護服を装備して、防塵マスクと防爆帽を被る。襟巻はただの飾りだ。頭上は黒い。降り注ぐものも黒い。街中に設置されたスピーカーががなりたてる。
「……明日の放爆性降下物の濃度予想は【9】でしょう。善良なる市民の皆様におかれましては自己防護の備えを忘れずに。大本営の発表によりますと、卑劣なる米帝は日本帝国時間明日未明に第8回予告大陸間分裂噴進巨弾を大阪・京都・奈良に敢行するという予測があると発表しました。これについて南条報道官は声明を発表。
『我が帝国が天照大神の加護があることは同志諸君が存じの通りである! 第5回、第7回のように今回の攻撃もまた、防甲巡艦「照和」の対噴進巨弾迎撃用電装砲が……」
来年も良い年になるだろう。
私にできることはそう祈ることだけ。
END
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