7・説得
話は30分ほど前に遡る。
ドリームファイナンスの事務所パソコンを太が操作していた。その画面を、志水と八柳がうしろから覗き込む。
「ふつうのみなさんが読むようなマンガは、出版社を通してお店で販売されますが、作者が直接作品を作って売るものを”同人誌”といいます」
太が開いているのはKoketuというサイトだ。エロいマンガが、たくさん表示されている。
「これが同人サイトですね。同人誌は、値段も自分で決めて売ることができるんです」
「つまり、店の風俗嬢と、パパ活女の違いか」
「い、イヤなたとえですね」
「自分で作って売るのは、出版社から売るのと違うメリットが何かあるの?」八柳が聞く。
「出版社は会社としてマンガを作りますから、ある程度のチェックが入りますし、OKが出なければ載せてもらえないんです。印税も、売れた本の1割しか入ってきませんし。その点、同人誌なら好きに書けますから。過激だったり個性的な作品があるのも同人誌の魅力です。ただ…」
太の顔が、真剣になる。
「原稿料はもらえませんし、売れなければそれまで。自由な分、リスクもありますね。その点、出版社は宣伝や安定して読者を集めることもできますから、強みもある」
「ドージンシは好きにやれるけど、店に所属してなきゃ後ろ盾がねえみたいなことか」
風俗嬢なら、なにかあれば店が守ってくれる。しかし、その分給料から上前をハネられる。
パパ活のように直接客とやりとりすれば、そのようなことはないが、危険も高まる。そもそも安定して客がとれるかもわからない。
どこの業界でも、同じようなものだなと志水は思った。
「……ん?おい、太。この右上の数字は?」
日間ランキングとかいうののトップに、「5019DL」と書かれている。他は作者の名前だったり、値段だったりすることはわかるが、その数字だけがわからなかった。
「これはダウンロード数です。売れた数ですね」
「…は?5019って、5019人が買ったってことか?」
「え、はい」当然でしょ、とでもいうように太が答えた。「あっ、日間1位はシルアク先生の新作じゃないですか。僕も発売日に買いましたよ。まだまだ伸びそうです!」
「…おい待て。で、これが値段で合ってるな?これって、売上計算できるよな?」
志水が指さした5019DLの作品は、770円で売られている。
「そうですね。ここからサイト側に手数料が3,4割ひかれて、先生の売り上げに――」
そこまで説明した太は、志水の顔を見て止まった。
志水が頭のなかで、何かを考えている。遠くを見て、真剣な顔つきで。
「これだー!!」
・・・
700円(税別)×5000ダウンロード=3,500,000円(ー手数料)という、脅威の稼ぎ方。
そして、偶然にも、志水はエロマンガ家に出会っている。
となれば、答えはひとつだ。
「つーわけで、お前エロ同人誌書け」
「どうしてそうなるんですか!?」
トキコは唖然として、志水に向かい叫んだ。
「だって、出版社?とやっててもお前売れてねーって言ってたじゃん。だったら自分で書けばいいだろうが」
「簡単に言いますけど、同人誌作るのだって大変なんですよ!?そんなに売れてるのは、商業でも通用するようなごく一部の人たちです!」
「じゃあどーすんだよこの借金は。連帯保証人さんよぉ。結局、マンガの仕事じゃ返済が遅くなりそうってさっき言ってたよな?また、没にされたって言ってたな?」
「う、うう…」
「令佳ちゃんと同じように風俗いくかぁー?お前にそんな根性あるようには見えねえけどなぁ」ケケケ、と悪魔みたいに唇のはじを吊り上げて志水は笑う。
「エロマンガ家の風俗嬢か~こいつは儲かりそうだ。源氏名はしぐれ先生で決まりだなあ」
「いやーーーーっ!!」
「なあ?それに比べたら、自分でマンガ書くほうがよっぽどあんたもいいだろ?」
「じ、自分で……」
・・・
「~~~…」
何も言えなくなり、トキコはうつむく。
トキコは思い出していた。
溝呂木の言った、「ピンクヘブンで結果を出したら、一般誌に書かせてくれる」という約束のこと。
細く、遠い約束だったけど、なんとかそれだけを希望にトキコは今まで頑張ってきた。
でも、溝呂木がいなければろくなマンガを書けなかったのは事実だ。編集部に認めてもらえなかった。自分で書いたところで、うまくいくのだろうか?
でも、このままでは結局何も変わらない。
この人の言うことを聞けば、自分のマンガが書ける…。
・・・
黙ったままのトキコを、志水は見下ろした。
いいぞ。拒否から、悩むところまでいっている。あと一押しだ。
「お前さ、マンガで借金返すって言ったろ?だったら、このやり方がいいんじゃねえの?」
「……たしかに、言いました」
「なんだか知らねーけど、今の仕事じゃてんでダメなんだろ。こっちで稼げりゃ、借金も返せるうえに生活も上向くだろ。お前だって、自分のマンガが売れたらうれしいだろ?」
膝の上で握られていたトキコの手が、ぴくっと震えた。
「…売れたら?」
「おう。お前なら、きっとすぐに――」
「私だって…」
顔をあげたトキコは、すごい顔をしていた。
鬼のような形相で、目をひんむいて。というか、人が変わっている。
「私だってそうしたいですよ!!」
「…あ?え?」
「でもつまらないって担当さんに言われてばっかで!私が生み出した何人もの
「お、おう…?」
「これまで売れてない作家に同人誌作らせてどーするんですか!あなた私のマンガのことだって何も知らないじゃないですか今まで私がどれだけ書いてきてるのか私の作品がどういうものなのか知らないじゃないですか」
ようやくそこで息継ぎをしたトキコは、最後に志水を指さした。
「あなたが私のマンガ面白いって言うなら書きますよ!」
性格変わってんじゃん…
志水はドン引きして、トキコを見下ろした。
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