現代ダンジョン運営記録

@shinori_to

第1話 閃いた

「これは良い拾い物をした……」


眼前で起きた凄惨な交通事故を眺めながら彼はそんな事を呟いた。

赤信号を無理矢理渡ろうとした母子がトラックに轢かれたのだ。

結果、母親はトラックの車輪に巻き込まれ真っ赤な飛沫を上げ、その腕に抱かれていた一歳に満たないだろう赤子は衝撃で弾き飛ばされて何度もアスファルに打ち付けられた。


どちらも即死だ。


そして今、彼の手の中にはその事故で亡くなった赤子の魂があった。


「そうか父親の処から攫われてきたのか……」


彼の言葉にゆらゆらと震えて肯定する赤子の魂。

一緒に轢かれた女は実の母親だというが家庭の事情というやつだろう。と、彼はそれ以上詮索はしないし、そもそもそんな事に興味は無かった。


何時の間にか、彼の傍では黒い衣を身にまとった亡霊のような何かが赤子の魂をじっと見つめて佇んでいた。


「その女の魂だけを持って行け。この子の魂は俺が預かり受ける」


母子の魂を回収しに来た真面目な死神は、彼の発した言と威圧に屈して彼から離れて行く。

去り際に、その真面目な死神は、責任取ってくださいよ! と猛抗議してから消えていったが、彼にとってそんな事はどうでも良いことだったし、無論、死神の抗議を真に受けて責任を取るつもりもなかった。

この辺りのやり取りは、彼らにとって社交辞令のようなものだからだ。


何故なら、彼にとってこの赤子の魂こそが絶対に手放す事の出来ない最重要事項であり、今し方思いついた人類救済計画を実行するための鍵足り得たからだ。

その計画の前には、死神からの魂の強奪など大した問題でなかった。


「先ずは協力者集めだな。それとプレゼン資料も作成しないと……」


彼は懐からスマートフォンを取り出すとグループに日時と場所を指定したメッセージを打つ。

おそらく若干一名は見ないと予想されるが、直接言いに行けば良いだけだった。

直ぐに既読が二つ表示される。

そして、既読者の一名からは丁寧な返信。

が、案の定、最後の一つの既読は点かなかった。


目の前の喧騒はまだ続いていた。


トラックの車輪に巻き込まれた母親を救助しようとする者。

交通整理をする者。

スマホで写真を撮る者。

ただ目の前の惨事に驚き立ち尽くす者。

様々な人間。その有り様が彼の前に広がっていた。


そんな中、彼の視線にあるものが映った。


トラックによって弾き飛ばされボロボロになった赤子。

その骸を抱き上げ声無く叫ぶ男の姿。

男の瞳からは大量の涙が流れ落ち、その形相は懺悔と憤怒と悲哀で塗り潰されていた。


「そうか。君が……。ありがとう。この時代まで生きていてくれた事を。君の娘の魂は俺が再利用させてもらうよ。君が生きていれば、何時かまた逢える日が来るかもしれないね」


彼はそう言い残すと事故現場を後にした。


この日、日本のとある都市で起きた交通死亡事故。

これがきっかけとなって、全人類を巻き込んだ大騒動へと発展していく事になるなんて、この時一体誰が想像出来ただろうか。


おそらく、誰一人として居なかったであろう。

何故なら、人間――いや、人類は、遥かな昔に忘れてしまっていたのだから。

地球上の人類を含む全ての命が消えてしまわないように、その災厄の根源を封印した者が居たという事を……。

そして、その者は既に無く。

やがて、災厄が解き放たれてしまった時、この星の全ての命が消えてしまうという事実を。


――故に生命を守る恒久的な仕組みが必要なのだ。

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