サンタの正体はパパなんでしょ?
水鏡月 聖
サンタの正体はパパなんでしょ?
「とおーさん! サンタクロースって本当はいないんでしょ!」
「なにをバカなことを言ってるんだ。いないわけないじゃないか。」
「だってあたししってるんだもん!」
じゃあ、あやちゃんのところへいつもプレゼントを持って来ているのは一体誰なんだよ…… 言おうとして、瞬時に言葉を飲み込んだ。
娘がその問いに対して何と答えるかを想像するだけでぞっとする。
自らの首を絞めるような発言は慎んだ方が良い。
小学一年生の下の子(おんなのこ)がそんな言葉を言った時、「いよいよか。」と、少しだけ落ち込んだ。
私と娘の会話を横で聞いている、おそらくいろんなことを知っているのであろう小学四年生の上の子(おとこのこ)がタブレットでゲームをしながらもニヤニヤとしながらこちらの会話に耳をそばだてていた。
考えてみれば上の子は賢い子で助かった。
おそらく上の子にしたって随分と早いうちに事の真相には気づいていたことだろう。にもかかわらず下の子のような暴挙に及ぶことなどついぞなかったはずだ。
それというのもおそらくは
サンタクロースの存在を信じない = サンタクロースからプレゼントは来なくなる
の公式を頭の中で描いていたのだろう。
去年のクリスマス。それは上の子が小学三年生のクリスマスの少し前。
「とーさん、とーさん。ゆーまな、サンタさんのプレゼントでな、ニンテンドーのゲームをダウンロードしてもらおうと思うんだけど……」
―――少しだけ、考えてみた。
「それはだめだろう。ダウンロードって、サンタさんは枕元の靴下に何を入れればいいんだ?」
上の子は少し沈黙した。
そして理解した。
「そっか。そうだよな。じゃあ、決まったら報告するわ。」
「あのな。サンタさんからのプレゼントはなにも俺に報告しなくてもいいんだぞ。」
少し意地悪だったかもしれない。こんな言葉は……
「うん、わかった。じゃあ、きまったらかあさんにほうこくしとくから。」
なかなかに聡い小学三年生の子供だった。
結局その年、サンタクロースはアマゾンギフトカードをプレゼントしてくれた。
今年、小学四年生となった上の子サンタクロースあての手紙にはゲームダウンロードのための〝プリペイドカード〟と書いていた。
下の子は本人の希望していた〝作って食べられるおままごとセット〟を、かあさんの見事な誘導によって〝アクアビーズセット〟とサンタさんにお願いしていた。
そんな矢先である。
下の子が暴挙に及んだのは……
おそらく小学校にはくだらないことを吹き込む、まったくあたまの悪い子供だっているのだろう。そして純粋すぎるうちの娘はまんまとそのあたまの悪い子供の言うことを真に受けて帰ってしまったようだ。
「だって、あたししってるんだもん!」
「なにを知ってるっていうんだ?」
「あのね、サンタさんってひとりじゃあ、とてもじゃないけど世界中の子供のところ
なんて廻れないもん! そんなことしてたらすぐにあさになっちゃうもん!」
「あー、あやちゃん。知らないのか? 世の中には〝時差〟ってもんがあるんだよ。」
「じさ?」
「そう、時差。たとえ日本に朝がやってきたとしてもね、まだ、フランスは夜のままなんだよ。そして、フランスに朝が来てもアメリカはまだ夜のままなんだ。そう簡単に世界中に朝はやってこないんだよ」
「ふーん?????????????????????」
下の子はイマイチうまく理解できていないようだったが、なんにせよこれでどうにかごまかせるのではないかという期待はあった。
しかし、無駄に聡い上の子が変なフォロー(?)を入れるのだった。
「あやちゃん!、オレのともだちんちな。サンタクロース来ないって言ってたぜ。
だから全部の家にサンタクロースが来てるわけじゃないんだよ。」
そこでずっとテレビを見ながらソファーに寝転がっていた妻が口を挟んだ。
「あやちゃん、よかったなー。うちはちゃんとサンタクロースが毎日来てくれる家で。
父さんは家に生活費入れてくれんけど、ちゃんとサンタクロースは毎年来てくれるもんなあ。」
軽く変な嫌味を突っ込んでくる。私事だが、私は自営でケーキ屋を併設したレストランを経営している。今年の秋からしばらく続いた悪天のせいで野菜の値段は高騰し、だからと言ってランチやケーキの販売価格を簡単にあげるわけにもいかず、おかげで売れば売るほどに赤字がかさみ、もはや経営は火の車。ここのところ生活費を家に入れる余裕なんてまるでなかったのは事実だ。だからと言って子供との会話の只中にそんな嫌味をブッコんでくる必要なんてない。
更には上の子がサンタクロースの来ない家についてオチをつけた。
「でもな、その家。そいつの母さんが『うちにはサンタクロースがきいひんから、替わりにかーちゃんがこうたるわー』って、結局毎年プレゼントにはありついてるんだって。」
しまった。その手があったのか。我が家は教育法を間違っていた。
思えば今まで私が働いて頑張っているにもかかわらず、子供たちはサンタクロースばかりに感謝する。そのことがとても理不尽に感じてしかたがなかったのだ。
かといっていまさらになって我が家までがそのシステムを採用するというわけにもいかないのだろう。それにもうあと数年の辛抱だろう。
どうせ数年後には子供たちはサンタクロースよりも父さんに感謝するように違いない。
「えー、でもね、でもね!」
なんだ? 下の子はまだ納得がいっていなかったのか?
思い出したように小さな両手を振り回しながら、再び叫びだした。
「サンタさんはクリスマス以外の時は何してるんだってかっちゃんが言ってたもん!」
そうか、なるほど。そのあたまの悪いこの名はかっちゃんというのか。何とかしてそのことうちの子は遊ばせないようにしなければいけない。
それにしても……
「ははは。そーだよな。サンタクロースってクリスマス以外は仕事してないんだ!
ずっと家でゲームしまくりジャン。オレも将来、職業はサンタクロースがいいな。」
また、無駄に聡い上の子がくだらないことを言い出した。
「ねー、とおさん! サンタクロースっていないんでしょ!
ほんとーのことおしえて!」
あ――――――――――――――
も――――――――――――――
めんどくさ――――――――――い
私は決心した。この子に本当のことを教えよう。
「わかったよ。あやちゃん。ちゃんと聞いておくんだよ。
今から父さんは知りたくないことを言うかもしれないけれど、それでもいいね。」
「うん! いい! おせーて!」
「うん。わかった。じゃあ、言うよ。これから話すことは全部本当に、本当のことだからね。」
「言って!」
「あのね。」
「うん。」
「サンタクロースはね。」
「サンタクロースは?」
「ホントはね。」
「ほんとは?」
「ひとりじゃないんだよ。」
「?」
「ひとりじゃないんだよ。」
「ひとりじゃないの?」
「そう。たくさんいるんだよ。」
「たくさんいるの?」
「たくさんいる。フランスにもたくさんいるし、アメリカにもたくさんいる。もちろ
ん日本にだってたくさんいるんだよ。」
「たくさんってどれくらい?」
「わからないな。数えたことないから。
でもたくさんいる。数えるのがもう、とても大変なくらい。
だから心配しなくてもいい。たくさんのサンタクロースがいるから一晩の間にみんなのところまでプレゼントを届けることができるんだ。」
「うそやん。」
「ほんまや。」
「ほんまなんか?」
「それにね。」
「それに?」
「サンタクロースはクリスマス以外の日にも仕事をしているんだよ。」
「どんな仕事?」
「そりゃあ、いろんな仕事さ。タクシーを運転していたり、工場でおもちゃをつくっていたり、荷物を運んだり、ケーキを焼いたり、料理を作っているサンタクロースだっているかもしれないね。」
「いろんな仕事をしてるんだね。」
「そうだよ。だってクリスマス以外の日は暇じゃないか。だからほかの日にはほかの仕事をしている。だけどその人たちの本当の仕事はサンタクロースなんだよ。
本当の仕事はサンタクロースだから、クリスマスの日にはちゃんとサンタクロースの仕事をするんだ。だってサンタクロースなんだからね。」
「サンタクロースなんだね!」
「そう、サンタクロースだ。ひょっとするとあやちゃんの身の回りにだっているかもしれない。
普段は別の仕事をして、別の格好をしているかもしれないけれど、実はその正体はサンタクロース。そんな奴がひっそりと隠れているかもしれない。」
「そうか…… いつもは隠れているのか。」
「そうだよ。何せサンタクロースは秘密の仕事だからね。」
「なんかかっこいーね。」
「かっこいいさ。何せサンタクロースだからね。」
「うん! あやちゃんも大きくなったらサンタクロースになりたいな。」
「そうだな。あやちゃんなら将来、きっと素敵なサンタクロースになれるよ。」
「うん! すてきなサンタクロースになる!」
やれやれ。
ひとまずうまく落ち着くことができた。
ふと見ると、無駄に聡い上の子はタブレットのゲームに夢中になっているかと思いきや、左手の親指を天井に向けて立てていた。
「ナイス!」
小さい声ででそう言った。
一週間後。
クリスマスイブの24日。私は必死で仕事をしていた。
なにせケーキ屋を併設したレストランだ。
ずっとバカみたいにスポンジを焼き続け、クリームを塗り続け。チキンを焼いてパンを焼き、サンドウィッチをつくってオマール海老をゆでる。ステーキにフォアグラを載せてソースを煮詰める。
徹夜続きのような日々が続き、ようやく仕事が終わったのは25日の午前二時。
疲れ切った体を引きずって家に帰ると、リビングはパーティーが終わった後のにぎやかさを残したままだった。
ソファーの上には赤いタータンチェックのパジャマを着たまま、テレビのリモコンを握りしめたままの妻が眠っていた。きっと私の帰りを起きて待っていようとしたのだが、疲れていたのだろう。そのまま力尽きたに違いない。
テレビはついたままで、前歯が特徴的なお笑い芸人が机をたたきながら他人の不幸な話を聞いて大爆笑している。
ふと、いやな予感がして二階へと駆け上がった。恐る恐る子供の寝室を覗き込み、胸をなでおろした。
だいじょうぶ。ちゃんとサンタクロースは来ていた。
娘の枕元には体の半分くらいはある大きなプレゼントが。
息子の枕元には一見しただけでは何もないのかと思うくらい、小さな便箋型のプレゼントが置かれていた。
風呂から出て、台所に置かれたチキンを電子レンジで温めた。
予想どおりの味だった。無理もない。私が自ら経営しているレストランで焼いたものだ。
冷蔵庫には抜栓されたシャンパンがあった。グラスと一緒にダイニングに持ち込みグラスに注ぐ。
しかしグラスの半分くらい注いだところでボトルは空になった。
ソファーで眠っている妻をもう一度眺めてみた。
「疲れていたんだな。」
皮肉を交えて呟いてみる。
そして愛しい(?)妻の寝顔に乾杯!
冷蔵庫には〝父さんの〟と、マジックでヘタに書かれた紙の添えられたケーキがあった。
これもどうせ私が作ったものだ。
さすがにケーキは食べなかった。
今はケーキを見るのも避けたい気分だった。
明日の朝、子供たちの朝食にでもすればいい。
寝室に行く前に、妻の眠るソファーの枕元に可愛らしく包装しておいた封筒に生活費○○万円を入れて置いておいた。クリスマスは忙しかったがおかげでようやく家に生活費を入れることが叶った。
次の朝、25日の朝、私が起きてリビングに降りたのは家族の中で三番目だった。
上の子は早速サンタクロースからもらったプリペイドカードをipadにチャージしていた。
妻は無言のままコーヒーを淹れて目の前においてくれた。
そしてそこに、満面の笑みを浮かべた下の子が階段を下りてきた。
大きすぎるプレゼントのせいで足元がおぼつかない。
降りてくるなり、
「サンタさん来た!」
と笑顔で呟くのだった。
それにこたえて妻も、
「今年はかあさんのトコにも来た!」
と笑顔で現金の入った封筒を見せびらかした。
その笑顔はまるで娘とそっくりだ。
下の子はそっと私のもとに寄ってきて、耳元でささやいた。
「あのね。とおさん。きのう、サンタさん見た!」
「うそやん。」
「ほんまや!」
「どんなんやった?」
「赤い服着てた。」
「そうか、赤い服か。そりゃあ、サンタさんだからな。それから?」
「あとね、白いひげがボーボーだった!」
「そうかボーボーだったか。」
台所に立つ妻をそっと見やった。きのうの夜来ていた赤いタータンチェックのパジャマはちゃんと着替えてあった、しかし妻の髭がボーボーな姿は見たことがない。
子供の記憶というのはやはりあてにならないものだ。
「で、あやちゃん。サンタさんになんか声かけたのか?」
「ううん。眠かったからそのまま寝た。」
「そうか、それはよかった。。」
「なんで?」
「サンタさんはええ子で寝てる子のとこにしか来ないからな。声かけたらプレゼント、そのまま持って帰ったかもしれん。」
「そうか、それはよかった!」
下の子は満足そうだった。
「さて、それじゃあそろそろ仕事のいくかな。」
立ち上がったところで無駄に聡い上の子が言った。
「あ、とうさん。オレも来年からプレゼントは現金がいいわ!」
まったく。かわいくないガキだ。
そして玄関を出ようとしたところで今度は妻がおもむろに、
「昨日あたりでそろそろ稼げたんじゃない? いい加減生活費入れてよね。」
「……え、だってそれは……」
「うん? これのこと?」妻は包装された封筒をこれみよがしに掲げて見せた。
「だってこれはサンタさんからのプレゼントでしょ? アンタからはまだもらってない! なんか文句ある?」
「いや、ないよ。じゃあ、今日も頑張るかな。」
やれやれ。まったくもってすてきな家族たちばかりだ。
さて、今日も一日頑張ろう!
サンタの正体はパパなんでしょ? 水鏡月 聖 @mikazuki-hiziri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます