ブラックサンタは微笑まない

月代零

前編

 科学の光が街の隅々まで照らし、神秘やあやかしの類は、物語の中だけにあるものとなった。

 毎年聖夜に、子供たちにプレゼントを配る奇跡――サンタクロースを信じさせようと演出を凝らす大人も、それを信じる子供も、この時代には絶滅危惧種となっていたのだった。


 そんな折、とある街の片隅で、サンタクロースの存在を巡り、二人の兄妹が言い争っていた。粉雪の舞落ちる、クリスマスイブの昼間――多くの子供たちがクリスマスのプレゼントを待ちわびている頃のことだった。




「サンタさんはいるもん!」

「そんなもんいるわけねえだろ! ばぁーか!」


 幼い妹は、大きな瞳を潤ませて、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。そして、


「お兄ちゃんなんて大っ嫌い!」


 言い放つと、自分の部屋に駆け戻る。ぱたんと大きな音を立ててドアを閉め、鍵もかける音がした。兄である少年は、その固く閉じられたドアを見つめて、「けっ」と悪態を吐いた。そのままリビングに行き、どかりとソファに身体を投げる。家の中は常に整頓させ、掃除が行き届いている。


「ケンカですか、坊ちゃま」

「……別に」


 少年はむすっとその声に応じた。けれど、仔細を語らなくても、耳のいい彼女には、家の中で起こったことなど全てお見通しのはずだ。


「ジュースでも飲みますか?」

「……うん」


 その柔らかな声の主である、女性型のロボットは、機械であることを感じさせない滑らかな動きで、ジュースの入ったグラスを少年の前に置いた。

 アイリスは、少年が生まれた時から世話をしてくれている、養育係兼家政婦ロボットだった。少年の性格を熟知していて、こういうときはそっとしておいた方がいいと判断したのだろう。そのまま黙ってキッチンに向かい、夕食の仕込みを始めた。


 少年は、両親と妹の四人家族だ。しかし、両親は仕事で家を空けていることが多い。兄妹の世話は、育児・家政婦用ロボットが行っていた。両親とは、一日一回、ビデオ通話で話ができればいい方だった。最後に直接顔を合わせたのはいつだっけ。そんな具合だった。


「サンタクロースなら、旦那様と奥様が、ちゃんと手配してくださっているはずですよ」


 アイリスが手を動かしながら言うと、ロットも仏頂面のまま答える。


「そんなことわかってるよ。でも、ターニャが言ってるのは配送業者のことじゃなくて、本物のサンタのこと」


 本物のサンタクロース。

 トナカイの引くソリに乗って空を駆け、クリスマスの夜、子供たちにプレゼントを配る、赤い服を纏った白髭の老爺。それが古くからの言い伝えられている、サンタクロースだ。


 しかし、今やそんなものを信じている子供はいないだろう。ソリで空を飛べないなんてことは子供でもわかるし、煙突のある家も皆無だ。そうでなくても、二四時間セキュリティシステムが導入してある家が一般的だし、監視カメラも街中いたる所にある。サンタクロースなど侵入できるはずがないのだ。ただでさえ、実用と効率が重視される社会だ。実在しないものを子供に信じさせる必要はないし、サンタクロースと言えば、今やこの時期に街を走る配送業者の代名詞であり、子供たちは自分たちの親こそがサンタクロースであると知っている。


 少年――ロットとその妹ターニャの兄妹だって、その例に漏れない、はずだった。ところが、妹はサンタクロースは実在して、夜眠っている間に、枕元にプレゼントを届けてくれると信じたいらしかった。


 滅多に両親に会えない寂しさの反動だろうか。通販で買って業者が届けてくれるプレゼントではなく、サンタクロースが本当に欲しいものを届けてくれるというお伽噺にご執心だった。

 それは、ロットにも理解できなくはない。だけど。


「サンタなんて、いるわけねえじゃん……」


 ぼそりと呟いた。




 日が暮れて夕飯時になっても、妹は部屋から出てこなかった。よほどへそを曲げてしまったのか。

 その日アイリスが作ってくれたのは、ローストチキンとジャガイモのポタージュ、サーモンのテリーヌにサラダ、デザートのケーキという、クリスマスには定番のごちそうだった。


 けれど、一人で食べても味気ない。もそもそと並べられた料理を食んで、ロットは早々に自室に引き上げようとした。同じテーブルに座ってそれを見守っていたアイリスの表情にも、影が差している。この時代のロボットは、表情も感情も、人間並みに豊かなのだ。


 その時、二階から何か物音がした。妹が空腹に耐えかねて出てきたのか。しかし、少し待ってみても、階段から妹が降りてくる様子はない。

 怪訝に思いながら、ロットは上へ行ってみることにした。妹の分の食事を取り分けたアイリスも、後ろからついてくる。


 そして二階へ上がった二人が目撃したのは、廊下の突き当たりに佇む、不審な男だった。窓が開かれ、冷たい夜風と雪が舞い込んでくる。


 縁に白いファーが付いた赤い服とナイトキャップを纏い、口の周りにたっぷりと白い髭をたくわえた恰幅のいい老爺。髪も真っ白だが、ふわふわしていそうだ。肩にはこれも白い大きな布袋を担いでいる。そいつはロットたちに気付くと、振り向いてにっこりと笑った。


「メリークリスマス!」

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