午前2時の美女
花影ゆら
第1話 はじめてのレミー・マルタン
あの女と出会ったのは何か月前だろう。今はもう12月も終わりに近い。そうだ、あの女に会ったのは、浅草の三社祭が終わった後だったから、5月か。半年以上が過ぎている。
摩耶という名前の女だった。年齢的には20代半ばかなあ。おちついた雰囲気で、ふわっとしたやわらかさがあって、言葉使いも上品だった。
ああいう所を最近では奥浅草というのかな。浅草寺の裏手で、こちらの方は仲見世の並ぶ方と違って、外国人観光客がいないからおちついて歩ける。地元密着型の店が多いのだ。
私としてはこの奥浅草の方が本当の浅草なんだと思うね。で、その奥浅草にある一軒のバーで摩耶に会ったんだ。
喫茶店とバーが並んでいて、昼間は喫茶店の方が営業。夜になるとバーの方が営業という形態の店だった。経営者は同じなんだろうね。
いつも行くのは喫茶店の方なんだが、ここはサンドイッチが美味くてね。サンドイッチなんてどこでも同じだろう、なんてあなたはおっしゃるかもしれないけど、そんなことはないんだよね。
まず見た目から違う。焦げ目が上手に入っていてね、食パンを斜めに二つに切った切れ込みが違うんだ。そこで分かるよ、このサンドイッチが美味いかどうかってことは。
喫茶店でたまに見かける女性がいて、
「今夜、バーの方に行く」
と、その女性は喫茶店を出ていく時に行った。
ママが、
「うん」
とだけ返事をして、女性客を送った。
その女性が摩耶だったんだよね。
その話を聞いて、私も「今度夜に来てバーの方へ行ってみようか」と思ったんだけど、別の日にバーに行ってみると、カラオケバーでね、五人も入ればいっぱいになるカウンター席だけのバーで、薄暗くておちついていたんだ。
先客に摩耶がいた。
私は入って「何を飲もうかな」と思って、何があるかなあ、と棚を見たり、摩耶が飲んでいるのを見たりしたんだけど、摩耶の前にある小さなグラスが気になった。
グラスには琥珀色の酒が入っていて、それにしようかな、と。
「こちらの方と同じものを」
と、ママに言った。
ママは、昼間の喫茶店のママとは違う人だった。喫茶店のママは中年だったけど、バーの方は若い人でね。
ママは、
「レミーね」
と、言って、棚からレミーマルタンのボトルを取って、グラスに注いだ。
それが私と摩耶とのバーでの出会いだったんだ。見かけたのは喫茶店だったけど、話をするようになったのはバーの方だった、とこういうわけなんだよね。
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