流星

大鐘寛見

流星

僕らの待ち合わせはいつもそこだった。

夜の1時に街の喧騒を抜けて、出会う。

道中の公園にはホームレスのお爺さんが居て、坂を登ると大きい家の庭から犬が吠える。

街を彩る光と音が、毎週末のこの時間を祝福している様な気がした。

僕が彼女と出会ったのもそこだった。

教室で浮かび上がった彼女と、深く沈み込んだ僕が初めてお互いの存在を知った場所。

そこは駅から橋を渡ったところにあった。

コンビニの前でたむろする人たちを横目に通り過ぎた。

何台ものトラックがゴオと音を立てながら僕を追い越した。


柵で閉鎖された10階建てマンション。

そんな壁なんてあってないようなものだ。

階段を一段ずつ上る。

上から降りてくる冷たい風が僕の横を通り抜け、下の空気に混ざって濁った。

階段の踊り場から漏れる街の光が、僕を照らす。

僕はその光に見つからない様に上へ上へと歩みを進めた。

10階に着いてそのさらにもう1階上に上がる。

屋上へと続くドアはなぜか開いていて、僕たちは週末のこの時間になるとここに逃げ込むのだ。

ドアの先は濃密な青で満たされている。

夜空から沈澱した空気に潜り込むようにゆっくりと進む。

いつも、そこに彼女はいる。

柵に手をつけて、空の底から光る街を見下ろしている。

僕が「やあ。」と声をかけると、彼女はこちらに振り返って「やっほー。」と気だるげに言った。

逆光で彼女の表情はあまり分からなかったが、服装が学校の制服だと言うことはわかった。

「今日は制服なんだ?」と聞いてみる。

「うん、ジャージばっかじゃつまんないでしょ。」

そう言って彼女が笑うと耳のピアスがキラリと光った。

「そっちこそ、いつもの前髪はどうしたの?」

彼女は少し僕の方に近づいて、僕の顔を覗き込む様に見つめた。

僕は少し照れながら「流れ星見るとき、前髪あったら邪魔だから。」と返した。

僕は誤魔化す様に少し俯きながら、彼女の隣まで歩いて柵から景色を見た。

街のキラキラとした光が水面で反射する様に、夜空もキラキラと輝いていた。

彼女の顔も光を受けてキラキラと輝いていた。

ふと、目が合って慌てて顔を逸らす。

ちょうど夜空から流れ星が落ちてきていた。

流れ星を見ながら願い事を考えていると彼女がクスクスと笑っていた。

「何かお願いした?」

そう聞いてくる彼女の瞳は先ほどの流れ星より一層儚く輝いて見えた。

「なんにも考えてなくて、間に合わなかったよ。」

僕がそう言うと、彼女は「じゃあ一緒に考えよう。」と僕の手を引いて、一段上がったところに腰掛けた。


「流れ星にお願いしたら叶うって言うけどさ、流れ星が流れてる一瞬の間にもずっと願ってるような人が、いつかその願いを叶えるってことらしいよ。」

彼女はいきなり元も子もないことを言う。

「そんなに願いのために頑張ってる人は流れ星なんか気にしてる暇ないと思うけどね。」

僕も意地悪にそう返す。

「じゃあ私たちのお願いは叶わないね。」

彼女の笑顔はほんの少し悲しそうに見えた。

「ちなみにだけどさ、もしお願いするとしたらなんてお願いするの?」

僕は彼女に問いかけた。

「んー、秘密。こういうのって話したらダメなんでしょ。」

彼女は悪戯な笑顔を僕に見せた。

「じゃあ僕のお願いを2人で考えるのはダメだね。」

僕もお返しに笑う。

彼女は少しムッとして黙ったあと、もう一度こちらを向いて、「じゃあ流れ星じゃなくて、キミにお願いしてもいい?」と可愛らしく首を傾げた。

サラサラと揺れた髪の間からピアスが光った。

僕が恐る恐る「なに?」と返すと、彼女は少しの間下を向いて言い淀んだ後、「今日、一緒に逃げちゃわない?」と瞳を潤ませて僕に言った。

僕は彼女の言っていることの意味がすぐに分かったし、彼女も僕が意味を分かると踏んで聞いていた。

僕は目を伏せて首を横に振った。

彼女は「そっか。」と残念そうに肩を落とした。

そして彼女は立ち上がるとこちらに振り返って「ごめんね、バイバイ。」と言って走り出した。

僕は逆光の中でキラリと光る雫を見ながら「まだ僕から君への願いを言ってない!」と叫んだ。

彼女は柵の向こう側で立ち止まってこちらに振り返った。

「また来週もここで会える?」と僕は彼女に叫んだ。

ゆっくりと首を横に振った彼女の涙は、流れ星の様に光りながら夜空へと溶けた。



まだ僕は、たまに夜空を見上げては、深い青の中に彼女の面影を探してしまうのだ。

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流星 大鐘寛見 @oogane_hiromi

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