阿田村は今日もめんどくさい

秋草

阿田村はクリスマスもめんどくさい

 いつもと変わらない通学路は、大げさなほどにイルミネーションの化粧が施されていて、白や赤のキツイ光が目に痛い。

 駅へと続いているその道を、色々な人が通り過ぎていくけど、皆一様にせかせかと急ぐように歩いていってしまう。


 年の瀬も近い。のんびりとしている余裕なんて、大抵の人にはないんだろう。

 窓から見える年末へのカウントダウンを描いたような光景から目を逸らし、わたしは隣に腰掛けるクラスメイトをちらりと覗く。

 目が合った、と。それに気がついた彼女は慌てた様子で視線を外した。


「どしたの?」


 咥えていたストローを口元から離し、らしくない彼女にそう尋ねた。


「ううん。何でもないわ。……なんかもうね、今年も終わっちゃうんだなあって、そう思っちゃって」

「あ~……、そうだよね~……。それめっちゃ憂鬱」

「どうして? 指宿さんも悩みがあるの?」

「そりゃあるでしょ。一応ウチら、来年受験なんだし」

「あー、まあそうよね」


 会話が終わると同時に店内に流れるクリスマスソングがその存在を主張し始める。

 何が恋人たちのクリスマス、だ。こちとら彼氏もいない悲しいソロクリスマス勢だっていうのに。

 頬杖を突いて、溜息を漏らす。

 来年受験も始まるし、恋人なんて作ってる暇もなくなってしまった。このまま出涸らしのような中学校生活が終わりを迎えるのか。

 ガラス越しに見える外の景色では、サンタ帽を被せられたメガネのおじさんが、店の前に立たせられている。創業者自ら店先に出張って客引き活動なんて、どれほどチキンに対する情熱を燃やしているんだろう。昨今の企業も彼を見習った方がいい。


「ねえ、指宿さん」


 わたしが街角に佇むサンダースに思いを馳せていると、少し緊張したような可愛らしい声が耳を打った。

 彼女にはいつものような明るさはなくて、この夕暮れの寒空みたいに、そのテンションは少し暗みがかっていた。


「なに? 元気ないじゃん」

「ええと、そうね。いや、こんなこと聞くのも変だと思うんだけど……」


 言い難そうに、言葉を切り出せずにもごもごしている彼女だったけど、周囲をキョロキョロと見回したかと思うと、声のボリュームを下げて囁くように話し始めた。


「……指宿さんは、サンタとか信じてる?」

「は?」


 思わず、そんな品のない声を上げてしまっていた。幸いここはファーストフード店のカウンター席。駅前ということもあって賑やかで、わたしたちと同じような学生が騒がしく喋っている。

 わたし如きの声なんて、響くこともなかったけど、それでも隣の彼女は口元に指を立ててシー、と。声の大きさについて注意をしてきた。


「駄目よ、指宿さん。あんまり大きい声だしちゃ」

「いや、うん。それはゴメンだけど……。なんでサンタ?」


 確かに街はそのイベント一色に彩られている。どこに行っても似たようなポスターや広告を出していて、ある種代わり映えがしない。

 しかしもう、そんなクリスマスの到来に一喜一憂するような年齢でもない。ましてや恋人もいないのだから、当日訪れるイベントとは無縁だと言える。

 それは彼女も同じはずなんだけど。


「まあ……、意識調査? みたいなもんかしら」

「ふうん。まあ、サンタは信じてないんだけどさ。これでいい?」

「指宿さんはなんでサンタを信じてないのかしら?」

「え、そりゃあ……」


 そこで詰まってしまった。今では当たり前のようにサンタの存在を意識から抹消してしまっているけど、確かに子どもの頃は信じていた。

 きっかけは何だったか。自然と自分の中からサンタというものが薄れていったんだと思う。それはきっと、学校とかで耳にしたサンタなんていないという噂とか、サンタに言及すると子ども扱いされるからとか。そういう部分で次第にその存在を否定していったのかもしれない。

 わたしが答えないままでいると、彼女はその瞳をまっすぐに向けて、口を開く。


「サンタはいるわ」

「――あ~……」


 彼女、阿田村さんはまだサンタを信じているタイプだったか。さすがに盲目的に肯定しているわけじゃないんだろうけど、それでもちょっと気まずい。


「大丈夫よ。別に、指宿さんの考え方が普通だと思うから」

「……あだむーは信じてるんだ」

「まあ信じてるというか、いないわけないというか。だって、サンタって、日本だけじゃなくて世界規模で報告されてるのよ? それに、その習性もほとんど変わらないし」

「なんか動物みたいな言い方するじゃん……」


 そんな言われ方されているサンタは、信じていないわたしでもちょっと嫌だ。


「似たようなもんよ。というか、ミームみたいなもんじゃない?」

「ミームってなに?」

「流行りとか、そういうアレなんだけど……、あれよあれ。UFOとかそういう感じじゃない? サンタって」

「ええ……。全然違うような気もするけど」


 UFOについてはわたしは一ミリも詳しくない。空飛ぶ円盤ということしか知らないけど、それとサンタはどうしたって結びつかない。

 けど、彼女は首を振って、その考えが変わらないことを示した。


「似たようなもんよ。世界中で報告があって、その特徴もほとんど変わらない。そこだけ見れば一緒一緒」

「そんなもん?」

「それに、アイツら頼んでもないのに毎年やってくるでしょ? それで勝手に夢を配っていくんだから、ハラスメントみたいなもんじゃない? 夢ハラよ、夢ハラ」

「夢ハラってなに……?」


 良かれと思って子どもたちにプレゼントを配っているサンタもびっくりだろう。でもまあ、そんなものかもしれない。

 気が付いたら無意識で相手に不快な思いをさせているということは、よくある話だ。まさかそれがサンタにまで当てはまるなんて思っていなかったけど。


「指宿さんも気を付けてね。無断で乙女の部屋に入ってくる不埒ものだから」

「それ、気を付けようなくない?」


 通常の防犯対策がサンタに効くとは思えない。というかわたしは別にサンタを閉め出そうとも思っていないんだけど。


「そもそもサンタって、子どもたちのところに来るもんでしょ? ウチらが会う機会なんて、もうないって」

「ふふ、確かにそうかもね。じゃあ大丈夫かしら」


 そう笑う彼女からは、先ほどまで浮かんでいた緊張が取れていたように見えた。

 ファーストフード店に、部活終わりらしき運動部が入店してきた。騒がしかった店内はさらにその雑踏を増して、世界が狭く感じる。


「そろそろ出る?」

「そうだね」


 彼女は言って立ち上がる。わたしもそれに同意しながら、残ったシェイクを飲み干した。

 大挙して押し寄せた運動部と入れ替わるように店を出たわたしたちは、その寒風をまともに浴びる。


「さっむ……」

「そうね。早く暖かい家に戻るわよ」

「さんせ~……」


 冬用のコートを貫通してくる外気を恨めしく思いながら、駅の方向へと歩く。人の通りはさらに多くなったように見えて、仕事帰りの社会人がその波に新しく追加されているようだった。


「それじゃ、また明日ね」

「うん、また明日学校で」


 駅の中に入っていく彼女を眺める。

 その背後に、参列するように付き纏う多くの人影。一様にスーツ姿をしていて、その背広には皺ひとつない。


「指宿様。本日もお嬢様にお付き合いいただきありがとうございました。どうぞお気をつけてお帰りなさいませ」


 誰かがすれ違った。耳に残るのは渋い声の男性のもの。振り返ると、そこに広がるのは駅から出入りする数多くの通行人だけ。


「……さむっ」


 いつものことだ。阿田村は日本の財閥の一人娘。そんな彼女には付き人がいつもついている。


「かーえろ」


 胃の中に溜まったシェイクが、内側からわたしの体温を冷やそうとしてくる。それを頼んだことを後悔しつつ、わたしは雑踏の中に紛れ込んだ。


◆◇◆◇


 阿田村と別れたその日の夜。草木は眠り、星だけが起きているようなそんな時間。

 わたしは窓を鳴らす微かな音で目が覚めた。

 枕元のスマートフォンを見れば時刻は二時を指している。そんな時間に窓を叩く人物なんて、不審者以外の何者でもない。

 わたしは筆箱からボールペンを取り出して、心許ないながら武装する。

 緊張で鼓動が早まる。

 そして勢いよくカーテンを開けた――


「あだむ~!?」

「――――――」


 窓の外には見知った、というかつい数時間前まで顔を合わせていたクラスメイトの姿があった。

 彼女はパジャマ姿の出で立ちで、梯子に身を預けながら何やら口をパクパクとさせている。


「あ、ごめん。この家の窓、遮音性高いんだよね」


 一瞬、窓を開けたら外の寒い空気が入ってくるのがイヤだな、なんて考えが脳裏を過ったものの、友達と自室の快適性を天秤に掛けるわけにはいかない。

 わたしは溜息を吐きながら窓を開ける。


「良かったわ、指宿さん。まだヤツがやってきてないのね!」

「ヤツ……? というかこんな夜中に何の用よ」

「詳しく説明してる暇はないわ! 早く逃げるわよ!」

「え、というかその頭のツノなに!?」


 先ほどは頭部に注目していなかったから気がつかなかったが、彼女の頭からは明らかにハリボテでできた鹿のツノのようなものが伸びていた。


「これ? よくできてるでしょ――、じゃなくて。戦闘装束みたいなものよ」

「戦闘? あだむ~って何者なの?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれたわね! 何を隠そう、私は悲しみの夢を奪うサンタと戦う、『斗奈架畏トナカイ』のトップなのよ!」

「そんな珍走団みたいな名前を背負うトナカイいやなんだけど」

「ふふ、随分と驚いてくれているようね」

「あだむ~のネーミングセンスにびっくりなんだけど」


 というか説明している暇はないんじゃなかったの?

 満足そうな顔をした彼女は、すぐに我に返ったように緊迫した表情を見せる。


「はっ!? こんなことをしてる場合じゃないわ。早くいかないと――」


 そんな彼女は何かを思い出したように、その顔を明後日の方向へと向ける。


「そんな……、どうして……?」

「なになに? どしたの?」

「早すぎる……!」


 彼女が見ている方向へと、身を乗り出してわたしも見てみる。

 そこにはサンタの格好をさせられた髭を生やすふくよかなおじさんが飛んでいるではないか。

 人はその特徴だけを切り取ればサンタだと言うだろう。

 わたしだってそう思いたかった。

 でも、現実は非情だ。

 なぜならそこにいたのは、わたしもよく知る人物だったから。


「どうしてここにいるの!? カーネルさん!」

「いや、あれサンダースさんだよね? チキンを売ってる店の創業者の。なんで飛んでるの?」

「くっ……、なんてクリスマス力なの!? まともに立っていられないわ!」

「クリスマス力ってなに?」


 彼女は腕を顔の前で交差させて、何かから身を守っている。そのポーズから若干の西川貴教らしさを感じてしまったけど、特に彼女の髪も服もなびいていないから、風が強いというわけじゃなさそうだし、MVを取っているわけでもなさそうだった。

 と、ふと彼女の視線がこちらへと向いた。

 正確に言えば、わたしの部屋に向けられる。


「あら指宿さん。部屋の中に小さなクリスマスツリー。それに大体のモノが入りそうな靴下までぶらさげて、おまけにクマの人形さんにサンタの恰好までさせてるなんて、あなたも随分クリスマス力が高いわね!」

「この流れで巻き込むの止めてくれる!? 全然嬉しくないし!」


 というか恥ずかしさが勝つ。別にサンタを信じていると思われてもいいけど、クマのぬいぐるみがないと寝られないと思われるのも心外だ。別にそんなことないけどね、全然。

 明日も学校だし、そろそろ彼女にはお引き取り願おう。そう切り出そうとしたその時、聞き慣れた声が響いた。


「――クリスマスがっ、今年もっやってくる~♪」

「これは――!? 聞いちゃダメよ指宿さん! この技でヤツは色んな人の悲しみの思い出を奪っていくの!」

「いや、これあだむ~のお付きの人の声だよね。歌のクセちょっと強いし。何やらせてるの?」


 どれだけノリが良いんだ。思わず呆れてしまうものの、本人たちはいたって真剣。

 しかし順調にメロディーを口ずさんでいたサンダースの声に、ノイズが走る。


「……――に、逃げて、――ださい。ワタクシ、のこと――、ほうって――」

「こ、これは親しい人が化け物にされたけど、辛うじて自我が残ってる展開のヤツ!?」


 ……自分で言っておいてなんだけど、同じ声帯の人が化け物にされて同じ声で語り掛けてこられてもあんまりピンとこない。

 でも、浸りきっている阿田村はそんなことを気にもしない。

 彼女は全てが分かりきったかのように、顔を俯かせてそして鋭い眼光をその化け物サンタに飛ばす。


「そういうことね。――いいわ。全部救ってあげる!」


 さながら主人公みたいに覚悟を決めた風に言うけど、全然展開についていけてないから。

 冬の夜よりも冷めた瞳でその展開を眺めていると、彼女が叫ぶ。


「これで決着を着けるわよ! サンタ!」

「いま何時か知ってる?」

「うおおおおおおおおおお!! 白雪の迸る大賛嘆ホワイトクリスマス!!」


 瞬間。

 わたしは空が弾けるのを感じた。

 いや、視界が弾けたのかな?

 どっちでもいい。

 今まで見えていた世界は城に塗り潰されて、それから意識も――

 ――遠く、チラついて消えていく。


◆◇◆◇


「あれ……?」

「あ、気がついたみたいね」


 目を覚ますと、そこには見知った顔。

 阿田村が嬉しそうな顔でわたしを覗き込んでいた。後頭部に暖かく柔らかい感触を感じる。きっと膝枕されているんだろう。

 辺りを見渡してみるとそこは近くにある公園のベンチらしかった。


「――どうだったかしら?」

「……なにが?」


 分かりきっているけど、一応聞いておく。

 意識が飛ぶ前のことは残念ながら全部覚えている。まさかそのことではないことを期待するものの、彼女の笑顔がその期待を吹き飛ばす。


「なにって、クリスマスプレゼントよ!」

「あんな悪夢で喜ぶ人がいたら連れてきて。普通にビンタするから」


 いつもの彼女らしいと、そう思うけど付き合わされる方の身にもなってほしい。

 ぐったりと彼女のふとももに頭を預ける。


「というか、クリスマス明日じゃない?」

「そうね。だから明日もっと凄いクリスマスプレゼントを見せてあげるわ!」

「いや、もういいわ……」


 わたしの声は、届いているようできっと届いていない。

 明日のクリスマスはきっと、これまでのクリスマスよりももっと忘れがたい思い出になるだろう。

 そのことに気を重くして、目を閉じる。


 ――ああ、やっぱり阿田村は今日もめんどくさい。

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